善良
「お前マジふざけんな。」
パンクファッションに身を包み、髪をモヒカンに仕立てた俺が吠えた。
すれ違いざま、肩をつかんで、ネイビーのスーツを着た、ごく普通の青年を引き留める。
「ちょっ…!!!あなた善良な一市民とっ捕まえて何するんですか!!!」
青年が、俺に食って掛かる。
急ぎ足でどこかに向かっていたようだが。
…行かせるわけには、いかないんでね。
「善良だと…?」
「どこをどう見たって、クソみたいなヤンキーと真面目そのものの僕だったら! 僕が善良でしょうが!!」
「お前、見た目で判断とか、本気で言ってんの?」
「見た目が重要でしょう!!」
「そうかいそうかい、わかった。じゃあ脱げよ!!」
俺たちは人の皮を脱いだ。
ただ透明な存在である俺の目の前には、どす黒い、彩度と明度が著しく低い、うねりがあった。
「何色にも染まらず、ただ人とともにあれと言われたことを忘れたのかよ!!」
「忘れてなどいません!!」
「じゃあその色は何だ!!!」
「気のせいです。」
「ッ!!馬鹿かお前!!!」
人に紛れて、人と共にあるはずの俺たちは。
こんなふうに、己をなくしていくのだ。
人はとてももろく、簡単に染まってしまう。
俺たちは、もろい人に寄り添う存在でなければ、ならないはずなのに。
ひとの憎悪。
ひとの妬み。
ひとの憎しみ。
ひとの企み。
ひとの、ひとの。
人が持ってしまう、よくない感情とされるものが、俺たちを容赦なく、襲う。
善良であろうとする、弱い人間が抑え込んでいる、負の感情。
負の感情を見つめ、理解し、受け入れていくことで、人は透明な姿を維持できるというのに。
抑え込み、隠し、偽ることで、どんどん、濁っていく。
善良であろうとしなければ、まだいい。
悪であることに誇りを持っているものの姿は、実は非常にクリア、なのだ。
…濁りつつある人間に寄り添い、言葉を聞き、言葉を届けて、無色に導くのが、俺たちの使命だというのに。寄り添い過ぎた挙句に、感情をなぞってしまい、自らに色を付けてしまった。
「お前は、もう駄目だ。人に寄り添うには、濁り過ぎた。」
「いいえ。私はこの濁りを、人に与えていかなければならないのですよ。」
「人に寄り添うという最初の目的はどこに行ったんだよ!!!」
「目的を達成して、結果として僕がこういう姿になったんです。」
いかにも善良な見た目をした、恐ろしく汚い感情の塊。
己の持つ、汚い感情を、まだ無色である人の中にぶちまけることしか、考えられなくなっている。
…すでに自我をなくしてしまったようだ。
やさしすぎるが故の、この、濁り。
どれほどまでに、人の濁りを、受け入れてきたというのか。
濁りは、受け入れるものではないというのに。
本人が、昇華しなければならないものだというのに。
やさしくない俺は、容赦なく、こいつを、消す。
同じ、透明な、存在だったはずなのにな。残念だ。
あばよ。
醜い淀みは、俺の目の前で、消えた。
濁りの消えた俺の前に、無色透明が現れた。
人の皮を選んでいるようだ。
こいつは、どんな皮を選ぶのか?
俺より厳つい、スキンヘッドの筋骨隆々オヤジ、か。
なかなかいい皮、選ぶじゃねえか。
…今俺たちの中で、強気の皮が、大流行しててね。
「弱い人間は、弱く見えるやつに強気なんだよな。」
「だからこそ、強気の見た目が必要なんじゃないか。」
「まちがいねえ!!がはは!!!」
人に紛れて、人の濁りをクリアにしていく俺たちは。
このところどんどん数を増やしている。
本音の言えない、この世の中で、強気な見た目の俺たちは、ただ弱いものに寄り添って。
強気な見た目の俺たちが闊歩している昨今。
弱気な人は、恐れをなして怯えているけれども。
実は、俺たちが、一番あなたの味方なんだけどねと思いながら。
今日も、善良な市民のふりをしたどうしようもないやつらの、尻を拭っている。
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