筋肉狂詩曲〜マッスルラプソディ〜加護?レベル??異世界だろうが筋肉は全てを解決する!

美津留

プロローグ

第1話

 身体は動かず、震える事すら止めようとしている。目の前はとうに何も見えない。呼吸はできているがいくら酸素があっても、体温がほぼ無い状況では横隔膜や肋間筋も動きを止め、肺の機能も止まるだろう。

 今まで苦楽を共にしてきた相棒も、呼びかけに応えてくれない。が、感じている。そばにいる事だけは確かだ。こいつらはいつでも隣にいてくれる。その事実だけで俺の今までは無駄では無かったと胸を張って言える。相棒がいなければ雪崩の衝撃で気を失い、そのまま死んでいたに違いない。だが俺は今、生きている。再度の呼びかけを試みたところで頭から意識が抜けていく。応えが返って来たような気がした。




いまは、夢か、現か。







―――――――――――――――――――――

 



 目が覚めると俺は白い場所にいた。上も下も無い、先程までの寒さも無い。自分の手を見ようとしたところで肉体すら無いことに気付いた。


ここは…?


 俺は先ほど相棒である広背筋オーガと対話をしようとしていた…

そして、返事が聞こえたと思った矢先ここにいた…


ということは…


なるほど。

ここは筋肉が内包する世界ゾーン・オブ・マッスルという事か。

そうか!俺はアスリートが極限状態で入るというゾーンへ至ったんだ…!


『違います』


 声が聞こえた。女性の声だ。オーガじゃない…?

意識を向けるとそこには美しい女性がいた。金色に輝く長い髪に細い腰、細い手足。栄養不足なのだろう。ここは良質なタンパク質どころかカロリーも取れそうにない精神の空間だからな。悲しい事だ。こんな軟弱者は確実にオーガでは無い。


『考えている事はこちらに伝わってきます。別に栄養不足ではありませんよ。そしてオーガでもありません。…というか神を目の前にしてその思考、報告通り本当に脳みそまで筋肉でできているんですね…』


 ほう。人間には鍛えられない場所がある。眼球や内臓など、もちろん脳もだ。そこに筋肉があると言う事はつまりそれは最高の賛辞というもの。しかも相手は自称神である。これは俺の筋肉を神が認めたということに他ならない。この自称神はいい奴だ。


『自称ではなく正真正銘の神です。そして褒めていませんよ。いったん筋肉から離れましょうか』


 それはできない相談だ。俺の筋肉は片時も離れる事は無く、決して裏切らない。


『…では離れなくていいです。話を進めますね。全く自覚していないようなのではっきりと言いますが、あなたは死亡しました』


 死んだ??俺が?じゃあここは筋肉が内包する世界ゾーン・オブ・マッスルではないのか??


『違います。そしてそのルビ鬱陶しいので控えて下さいね』


 酷いことを言う女である。先ほどの賛辞は帳消しだな。


『……本来ならば死した魂は輪廻に導かれ同じ世界の生物に転生します。システムといってもいいでしょう。自然死、急死、事故死、自殺に他殺など細分化されたカテゴリで死神によって仕分けされるのです』


 死神?あんたの他にも神がいるのか?


『ええ。たくさんいらっしゃいますよ。魂を管理する死神や世界そのものを管理する創造神、運命神など、その存在は多岐に渡ります』


 あんたは?こうして俺と話してるけど死神じゃないんだろう?


『ええ。私は全ての神の統括者であり、名はありません。あなたが異例だったのでこうして直接魂と対話する事になりました』


 異例なのか?


『異例ですね。大まかには自殺か事故死なのですが…根本的な問題があります』


 自殺?それはおかしいだろう。俺は死ぬ気なんて全く無かった。ただ新しいトレーニング方を実践していただけだぞ?


『どんな精神状態ならマスクしながら業務用冷凍庫で筋トレなんてするんですか!あげく荷崩れで身動き取れなくなって凍死なんて…』


 理論は完璧だった。低酸素かつ氷点下ならば筋肉への負荷は上がり、より効率的なトレーニングになる。


『まぁ運命神によれば荷崩れが無くても、どっちみち死んでいたそうですけどね。今までにない筋負荷にテンションが上がったあなたは低血糖によるガス欠を起こし、身動きが取れなくなり死亡していたそうです』


 ハンガーノックか…確かに長時間トレーニングを行なう予定では無かったからな…


『異例なのはそこだけではありません。先ほども言いましたが、根本が違うのです。そもそも、本来のあなたはあのトレーニングを実行しませんでした』


 本来の俺?どう言う事だ?


『運命神の定義するあなたという意味です。人にはレールがあります。神が定めた運命というレール。あなたはまだ死ぬ予定では無かったのです。死が確定するには早すぎた』


 でも俺は別に誰かに言われてやったわけじゃないぞ?より良い筋肉を想って、自分でやった。


『思考を誘導されたのです。他の世界の神によって』


 思考を誘導?他の世界の神って…難しい話になってきたな…


『一つずつ説明します。まず前提として、あなたがいた世界の他にも世界があります』


 パラレルワールドってやつか?


『あら、それは通じるんですね』


 ああ、知り合いがそういうの好きだったんだ。


『パラレルワールド、可能性の並列世界。しかし、あなたが水を飲んだ世界、飲まなかった世界というように細かく広がる事はありません。創造神によって世界は間引きされ、常に7つを超えないようにできています。あなたがいたのは第5の世界です。ここまではついてこれてますか?』


 …ああ、続けてくれ。


『干渉したのは第4の世界の神です。あなたに、というよりあっちこっちの世界に少しずつ干渉している神がいるのです』


 そんなやつなんで見逃してるんだ?


『その神は第4世界の創造神。人の姿を取っています。干渉する世界に入り込み、受肉し、狡猾に惑わします。本来のレールから外れたあなたも、どこかで接触して思考を誘導されたのでしょう』


 全く心当たりが無いな…その神の目的はなんなんだ?誘導して俺を殺してもいい事ないだろう。


『世界にはパワーバランスがあります。第4世界は力が弱く、近く消滅してもおかしくはありません。そこでその神は自分の世界の力を高めるのではなく、他の世界を弱くしようと考えたわけです』


 他者を落として自分を上げる?なんでそんなやつが神なんだ。


『…返す言葉もありません。そこであなたに頼みがあるのです』


 なるほど、やっと話が読めた。あんたに認められた俺の筋肉で、その神をぶっとばせばいいんだな。


『違います。認めてないですしぶっとばさなくていいです。ただあなたがその神を認識してくれればいいです』


 認識?見つければいいのか?


『見つけて、創造神だという事を看破して下さい。その時点で神の座標が確定されますので後は私が回収します』


 お前が犯人だってやればいいんだな。目印はあるのか?


『残念ながら明確なものはありません。強いて言うなら…いないはずなのにいる違和感…とでも言いましょうか』


 わかった。違和感があればそいつをぶっとばせばいいんだな。


『違います。ぶっとばさなくていいんです』


 それで俺はどうやってその第4の世界とやらに行けばいいんだ?この状態じゃ走れないぞ?


『輪廻から外れた存在ならば世界を跨いでの転生が可能になります。記憶が残るかはわかりませんが…少なくとも5歳には信託という形で私から会いに行きますので』


 転生…?ちょっと待て俺の体は?


『今の体ですか?それならもうすぐ火葬が始まるころですね』


 待ってくれ!相棒に別れを言えてないぞ!オーガ!!阿形!!吽形!!ハム太郎!!!!!


『…新しい世界でまた頑張って下さい。ではそろそろ転生を始めますよ。あそこは筋力トレーニングという概念がありませんから馴染むのに苦労すると思いますがまぁよろしくやって下さい』


 は?おいちょっと待て筋トレの概念が無い?ってどういう事だ?


『言葉の通りです。行けば分かりますよ。第4世界は神が悪ノリして造ったような世界ですから。人々はいろいろな神の加護を受けています。加護を受けた肉体はレベルが上がる事によって強化されますので辛く苦しいトレーニングをするよりいかに効率よくレベルを上げるか、たくさんのスキルを得るかが重要になってきます。もちろんそのための訓練はありますが、筋肉を付けるという概念はありません。なかなか無い経験ですよ。ゲームのような現実世界を楽しんで下さいね』


 トレーニングをせずに肉体を強化……?


 それは…つまり…ドーピング……!?


『違いますよ!どう捉えたらそうなるんですか!とにかくもう説明は終わったので転生を始めますよ。どうか目的を忘れずに。お願いします』


 …ダメだ。


『え?』


 ドーピングなんてダメだ!絶対に!己が鍛えた肉体にこそ意味があるんだ!!


『ちょ、ちょっともう転生始まってますから、静かに




「加護なんて…いらない!!!」

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