全ての日々を冷静に。滞りなく。

春嵐

01 ENDmarker.

 起きた。


「エレナ」


 呼ぶ。細く消えそうな声は。天井まで届かず、反響もせずに消えた。


「起きなきゃ」


 呟くけど、起き上がれない。


 二人で作った記憶も。二人でいた時間も。すべて。消えた。


 わずかな期間に。すべて燃えていく。最初は、戯れに作った誌面だった。彼女が読みたがったので、続きを描いていって。誌面の中で僕は、普段言わないえっちなことを延々と口走り。彼女のほうは、まあ、いつも通り。


 そういう、幸せな時間だった。


 すべて。燃えた。もう、何もない。燃えて崩れたあとの、何もない生活だけが。残っている。


 燃やした人間は、狂っていた。マナがどうとか、アリアンがどうとかいって、警察に運ばれるその瞬間まで、わけの分からないことを言っていた。


 その人間の気持ちが。今は分かる。


 きっと、僕の家を燃やしたそのひとも、こんな気持ちだったんだろう。どうしようもなくて、くるしくて、その果てに、ファンタジーに逃げた。きっと、そのひとの中の世界があって、その中でたまたま私の家は燃える手はずだった。


 誌面の内容を、なんとなく、思い出す。


 僕が狂うなら。あの誌面のように、だろうな。


 誌面の中の僕は高校生で。


 エレナとの出会いも、お見合いなんかじゃなくて、もっと衝撃的で、えっちな感じで。


 僕は、家を燃やすような大それたことは、しないんだろうな。


 誰かに危害を加えるだけの精神的なエネルギーが、もう、残っていない。狂ったとしても、わずかに、少しずつ、人格が崩れていくだけ。結局、どこにでもいる、ふつうのおかしいひとになっていくだけ。


「それでもいい」


 自分以外、誰もいない部屋。


 絶望だけが、闇とともに僕を覆っていく。


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