第4話 孤独の杜④

「このわたしが汚名だと? ふざけるな! なぜ他の領地連中と同格に落とされなければならん! あいつらは一体、お前に何を売った? たとえグリーン・ムーンストーンもどきであっても、お前を使ってまでわたしを……どこまでもトビヒ族風情にも劣っておる」

面倒メンドくさ……妄想の酷かレベルを通り越しとるし。そがん王様でありたいおりたかなら、家族の結束力で神跳草の内側を一生守っとけば良かやろうが。さっき見たばってか、あんなあがんしおれた草で人間の介入を防ぐことができるとは思えんけど」

 王の背後では細い木々が霜を纏い、水分を吸収されて一回りも細くなった。枝と化し霜の重みに耐えられなくなった木々が続けて倒れた。

 一方で瑚子の背後では対極の木々同様細かった木々が二回りも太り、枝々から大気を吸収した。瑚子の呼吸に合わせて幹の細胞から冷たく澄んだ空気が排出され、太くなっていた木々は元より一回り細くしぼんだ。大気の循環が繰り返されてさん止め、子どものトビヒ族は一斉に両親の手を剥がして深呼吸し始めた。

媽媽ママ見て! こんなの今まで見たことないよ。しかも胸と指先がなんだか温かくなってきた」

 六体の子どもすべての足元では乾いた砂粒が水分を吸収して僅かな日差しを反射していた。六体の母親は小さな手を握り、、紅潮して深呼吸を繰り返す我が子と潤いを増していく砂粒を交互にみはった。

 三体の父親は長の王を見ながら、自ら我が子から離した手で肩を叩き合っていた。

 三体は異母兄弟であり、長は三体の実父でもある。ワンの中で唯一権力のある実父を怒らせることは、三体が原因でないにしても絶対に起きてはならないことだった。

「覚醒しているとはいえ、女があんな芸当ができるはずがない」

「ああも目の前で木の再生力を……父さんとの力の差を見せつけられたら、俺たちは父さんを守りようがない。ワンで最も力が覚醒している父さんを……」

「だけど俺たちがあの女を負かさないと。父さんに俺たちが能無しだからと見限られでもしたら、妻子を守ることも養うこともできない。何とかして領地の外に流されないようにしないと……」

 王が木々を枯らす範囲を広めるうちに、瑚子は勝手に作動していた力を自覚して自らの意志で木々を潤す範囲と速度を調整できるようになっていた。

 瑚子が鼻で笑うと、王の足元で砂粒に若葉が点々と生えた。

 王の守備範囲に侵入されたことで、王の顔面は全体的に紅潮して血管が何本も浮き彫りになった。血管はいずれも太く、青い線がアクリル絵の具よりも赤面の色素を薄くなった。

「出ていけ! 名高きワンとトビヒ族の何も知らぬお前など、もはやトビヒ族でも何でもないわ! 他の領地連中だって、こればかりは同意見に違いないだろうし、唯一許容すべき事実だ。わたしが創造した神跳草を枯らしたお前は、今すぐ人間の世界に戻れ! お前が人間にすらなりきれないとしても、わたしには関係のないことだ。人間の餌にでもくずにでもなれば良い!」

 王の飛沫物が付着した若葉は凍結して粉々に砕けた。王の孫が潤した砂粒はゆっくりと乾き、元の色素よりも白に近づいた。

……ねぇ。そい、他のトビヒ族にも言えば良かっちゃない? 少なくともあんたにとっては、ウチが人間として育ったことよりも大事なんだろうしかっちゃろうけん

 瑚子はワンの領域を二度も侵入せずに、眼力の足りない他のワンを目で順に追った。

「ま、領地同士がどれほどどいだけ仲が悪かろうと『家族の結束力』だけは見事と言うべきやろうね。日本の杜にはまずそんなことそがんことの無かったし。そいが分かるとは、ウチが人間の世界で育った意味があるからけんってことなんやけど……そもそもあんたらには第三者の視点ってモンなんか要らんやろうね。自分たちさえ良ければ従える緑が絶えても構わんみたいごたるし?」

 瑚子の称賛は皮肉であることはすべてのワンに伝わった。

 我が子の肩を抱く者、興奮で生えかけている鈍色の体毛がじわじわと広がり生えている者、俯く者とそれぞれが瑚子に敵意を示した。足りなかった眼力は飾り物から、神経の通ったものに変化した。

 二十一体の濁ったもえぎ色を一身に受け、瑚子は自ら潤した木々の葉を騒めかせた。

 風がない中木の葉同士が擦れて、おさを覆う冷気は変圧で濃度が下がった。

 二十一体の血流が良くなると、木の葉に勝る声が幾つも重なって近づいてきた。

ワン、聞き捨てならないぞ! 神跳草は決してお前が創ったのではない!」

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