第2話 2020年9月13日―孤独の杜②
「おい……グリーン・ムーンストーン、もうすぐ着くぞ……。降ろした途端、吐く……とか無しやけんな? お前の面子は、この際……
「はいはいはいはい! 良かけん、杜に着くまで
転身した利矢の足で瑚子が掴まれての移動は、最早屈辱感が薄らぐ程度には慣れていたがこの日ほど不安になったことはなかった。
瑚子の全身から上の、利矢の白金の首まで。利矢の視界と呼吸を遮らない程度の顔面から頭部全体。幅の異なる蔦を絡めて覆っていた。
瑚子が長崎市に住んでいたころ、ショッピング・モールのアクセサリー・ショップで何度も見た、中に一粒のパールが入ったワイヤー・ボールのイヤリングよりも編み目が細かい。
「ってかさ、ここら辺にハナサキ族が中々見当たらんとはこの空気のせい? 空の穴って呼んで良かとかはあんたのプライド次第やけど……あ、今は無理して答えんで良かけんね。つーか降りるまで一言も喋るな」
利矢は唯一露わにしていた翼を動かすだけで精いっぱいだった。嫌味で体から冷気を放つこともなく、このときばかりはハナサキ族の名誉を気に掛ける余裕がないと瑚子に伝わった。
「ま、あんた今転身しとるけんね。ウチだって
瑚子と利矢はこれまで、人間としてアジアの東端陸に入国したことがなかった。
国民性や生活スタイルに伴う環境汚染問題などの情報はメディアの偏った報道のみが頼りだったため、二人ともある程度覚悟していた。
それでも未覚醒の両族、生粋の人間ですら喉を守るので必死であったり室内用空気清浄機を求める者も少なくない。あくまで人間の世界に住む場合ではあるが。
瑚子と利矢が人間の国土を踏まずに移動したのは、両族長の許容物が人間の生活圏と一つずつ離れ続けているためだった。
当然ながら、互いの裸眼を日本からの報道から守ることも兼ねていた。
実際は裸眼こそ第三者に晒すことはなかったものの、それは瑚子の力で蔦の籠で空気中の汚染物質の体内吸入を制限していたからに過ぎない。
二人が移動している範囲では本来の姿と覚醒したハナサキ族にとっては人間でいうガス室や、空ビール缶が散乱した観光バスの車内臭同等の地獄だった。
「しっかしホントにトビヒ族は住んどると? ウチの勝手な想像やけど、杜だってそもそも仙人が占拠してそうな感じやし……あ、下降すると? や、この際不潔でも構わんけど、せめて公衆トイレは人間から
艶が失せた白金の羽が落ちるのを籠の編み目から見えると、霧に覆われた岩山の頂が間近に迫っていた。
近づくにつれ霧が岩山の
瑚子は直感で、杜に入ったことを確信した。
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