追憶~冷たい太陽、伸びる月~

加藤ゆうき

杜を巡る旅①

第1話 2020年9月12日―孤独の杜①

 トビヒ族新族長、グリーン・ムーンストーンの村雨むらさめ瑚子ここが諫早市を飛び去り二日、ハナサキ族族長クリア・サンストーンとなったばかりの雪平ゆきひら利矢としやに空の穴に留められていた。

「ちょっと雪平! どうしてなして私が良いようによかごとされんばならんと?」

 瑚子は白で統一されたタンク・トップとサルエル・パンツを着せられ、方々に散る後ろ髪全体は人型のハナサキ族二体が左右の耳下で結っているところだった。

「そっくりそのまま、良かごとなったやっか。ここに連れてくるまではお前、全身皮脂汚れまみれでお前ば掴んどった俺の足は臭くて自尊心ば傷つけられたけん。あのまま西の杜に行ってみろ。男前な俺だけじゃなく、ハナサキ族全体の名誉も穢されるところやったとぞ」

「だったら杜の上からウチばポイって落とせば良かったやっか。ってか本当は日本海ば抜けたところで別れるモンだと思ぅとったら、雲の水分で洗濯機に回すごと扱わわれて二日も経っとるし……あんたまさか、どこへでもウチに付きまとうつもり? キモかとけど!」

 二体が瑚子の髪を結い終えると瑚子の腕に鳥肌を視認したが、表情も声も無にして離れた。彼女たちにとって利矢は自らの運命を預ける長であることを、瑚子は配慮する気にはならなかった。

「こがん良か男の生涯を翻弄できるほどの魅力がお前にあるとでも? お前どんだけ自意識過剰なんかって。こいこれはあくまで同盟に過ぎん、代替わりで同胞の精神状態が不安定かとも立派な危機だからやけん。族長がホーム・レスみたいなのごたる恰好に返り血ば付けとったら、お前だって長としても一トビヒ族としても信用できんやろうが。そいけん、互いの存続のために互いの力ば必要かと、今に分かる」

「互いの存続、ねぇ……」

 瑚子は木雲の幹と枝の間に身を沈め、胡坐をかいて伸びをした。何も知らなかったころは、恥じらいを捨てた自分を想像すらしなかった。

 女子校で逞しく強かに育った同級生と今や人間ですらなくなったグリーン・ムーンストーンとでは、どちらが閉経後の未来により近いか。

 瑚子以外に女子校出身者を知らない利矢には、何度訊いても答えてもらえなかった。

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