第53話


 泣きながら店を飛び出していった十六夜を見て、ぎょっとした。その姿が、あの時一人でキングブラックベアに向かって行った時の姿にダブって見えた。これは追いかけなければまずい。そう思って立ち上がった時に、俺の手を誰かが掴んだ。


「せ、先輩。どうしました? 今度は凄く、怖い顔してます」


 そんな顔できたのか、俺。いや、今はそんな事どうでも良いんだ。早く十六夜を追いかけないと。


 そう思った瞬間、向かいの席に座った少女が二人、立ち上がった。


「私たちが行く」

「九十九クンは来ちゃダメです。今は、絶対」


 そう言われては、追いかけることはできなかった。俺はあきらめて席に着く。


「でも、あんまり仲良くし過ぎるのも、ダメ、ですよ?」


 それだけ言い残して、二人の少女は十六夜を追って店を出て行った。


「い、今のは?」

「ああ、バイト仲間だよ」


 不安そうな表情でこちらを向いてきた赤城さんに、どうにか笑顔を作ってそう言った。せっかく誘ってもらったのに、こんな形で帰ってしまっては申し訳ないよな。


 十六夜のことは心配だが、今は信頼できる仲間に頼る他無いのだから、せめて赤城さんには、満足して帰ってもらいたい。運ばれてきたエクレアを食べながら、そう思う。


「お、本当においしいね」

「カスタードクリームに、こだわりがあるらしいですよ」


 彼女が笑顔になったのを見て、俺は安堵する。しかし、先ほどのように穏やかな気分にはなれない。


 嫌だなぁ。これ、百花あたりから連絡があるまで、ずっとそわそわした気持ちのままだよ。


「それで、先輩。その、お願いがあるんですけど」

「ん? 何?」

「メッセのID教えてもらっても良いですか?」


 メッセか。この前澪に教えてから、毎日100件以上の通知が入るんだけど、女子ってこういうのが好きだよね。百花のIDも知っているけど、そう言えば十六夜とは交換したことが無かったな。


「大丈夫だよ」


 メッセの画面を開いて赤城さんに見せる。彼女は嬉しそうに笑って、俺のIDを登録してくれた。


「また、お誘いしても大丈夫ですか?」


 女子高生的には、メッセのIDを交換したり、次の約束をしたりするのを含めて社交辞令なのかな?どうせ連絡も来ないだろうし、次に会うことも無いのだろう。だったら俺も、女子高生的な礼を返さなければなるまい。


「いつでも待ってるよ」

「は、はい」


 うん?社交辞令、だよね?頬を染めたり、瞳を潤ませたりするのも含めて、社交辞令の一環なんだよね?女子高生の社交辞令、レベル高いなー。


「それじゃ、今日のところは帰ろうか」

「う…そうですね」


 俺は伝票を持ってレジに向かい、会計を済ませる。赤城さんが支払いをすると言ったが、ここでもめるのも時間がもったいないので、俺が無理に全部支払った。


「すいません。助けてもらって、ごちそうにまでなっちゃって」

「いや良いって。可愛い後輩にごちそうするのは、先輩の役目でしょ?」


 初対面の男に送られるのも嫌だろうと思い、赤城さんとは店の前で別れる事にした。


 そして俺は、転職の教会へ向かった。追いかけてくるなと言われたので、十六夜が帰ってくるのを待っていよう。あいつの顔を見て話をしないと、今日は熟睡できなそうだからな。




 やっちゃったなぁ。もう今日は完全にやっちゃった。やっちゃったしか言ってない気がするくらい、やっちゃったなぁ。


 わざわざ澪さんと百花さんに来てもらったのに、話をする前に飛び出しちゃうなんて。しかも泣きながらって、完全にアタシの黒歴史だよ。


 きっとアタシは九十九さんにとって必要のない人間だ。あの人の近くに居るべき人間じゃないんだ。初期職業だってマスタリーしたんだから、あの人はワーカーの活動を続ける必要は無い。アタシも、あの人の事は忘れた方が良いんだ。


そう思うのに、ここに足が向いてしまったのはどうしてだろう。


 河川敷の桜並木。ここはアタシが女神様から護りの魔法をもらった場所。そして、九十九さんに助けてもらった場所。いつしかここは、アタシにとって大切な場所になっていた。


 そんな場所で、まさか膝を抱えて泣く日が来るなんてね。


「十六夜ちゃん、見つけたです」


 嫌だ~。よりによってここで百花さんに見つかるなんて。なんでここに来たのか、理由を聞かれたら恥ずかし過ぎる。


「きっと、ここだと思った」


 やめて~。その口ぶりだと、ここで何があったのか、百花さんにも言っちゃったよね。明日の報道部のトップニュースとかで曝されたらどうしよう。


「見出しは、『心を救われた少女。少年を思って大切な場所で涙する』です」


 や~め~て~!思春期女子を殺しにかかってますよそれ。


「それで? 泣き出した理由は、誰かさんが『辛い思いばっかりしてる』のと関係あるんです?」

「……概ね、あってます」

「ボクだって、思うところはあります。その辛い思いの一つは、ボクのせいです」


 百花さんのために、九十九さんは大怪我をしながらも戦った。でもそれは、あの人が決めてやったことだ。やるかやらないかの選択肢は最初からあった。


 でも、アタシは違う。一太郎の時も、笹田の時も、九十九さんは戦うしか選択肢が無かった。それも全部、アタシが無暗にキングブラックベアに挑んだせい。全部アタシが巻き込んだんだ。


 だからきっと、辛い思いをさせているのは、全部アタシのせいだ。


「十六夜ちゃんの愛は、ちょっと重いです」

「あ、愛って」


 やめてください、愛って何ですか!確かに九十九さんの事は大好きですし、調子に乗って愛し合ってるとか言ったことはありましたけど、この気持ちは、感謝とか敬愛とかそう言うので、べ、別に異性として好きとかじゃ……


「だから、自分のせいで辛い思いをしてる九十九クンのことを考えて、泣いちゃったんです」


 やめてやめてやめて!本当にそんな理由で泣いたんなら、恥ずかし過ぎる。これじゃ、九十九さんが他の女子に好意を寄せられてるのに、ヤキモチを焼いたみたいじゃない!


「だからお昼に言ったです。十六夜ちゃんはヤキモチを焼いてるって」


 確かに言ってましたねそんな事。でも、あの場には九十九さんもいたから、聞かれていたってことで。もし九十九さんに変な勘違いとかされてたらどうしよう。


「そんなことより、赤城さやかの方が問題」


 会話の流れとか、澪さんには関係無かった。ずっと黙っていたと思ったら、全然別の事考えていたんですね。


「何が問題なんです?」

「昔から、九十九はあんな雰囲気の女の子が好きだった」

「「な!」」


 今日はもう胸がいっぱいで、自分の気持ちに整理もできていないのに、これ以上余計な情報を入れないでくださいよ。せっかく引っ込んだ涙がまた出てきそう。


「だから、早く対策したくて十六夜を探したの」


 澪さんはブレない。いつだって九十九さんの事を考えている。愛が重いのは、澪さんの方なんじゃないですか?


「確かに! 十六夜ちゃんの淡い恋愛相談なんてしてる場合じゃないです」


 してくれました?恋愛相談なんて。気持ちはわかりますけど、もうちょっとアタシにも気を使ってくださいよ。


「気を使っても良いですけど、その隙に九十九クンがとられたら、十六夜ちゃんのせいです」

「それだけは、絶対に阻止したい」

「わかりましたよ。もうアタシの事は良いですから、対策でもなんでもしてください」

「じゃあ、今夜はボクの家で女子会といくです」


 この先輩たちは、本当にアタシを心配してくれたのだろうか?


 アタシの気持ちに整理なんてつかないし、九十九さんの辛さをどうにかしてあげたいという思いは変わらないけど、今はこの女子会を乗り越えなくては。





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