世界の変革
「……もし、断ると言ったら?」
「今この場でお前を殺す」
「────ッ!?」
瞬間、エマーソンは全身の血液が全て逆流したような錯覚に見舞われた。
悪寒が広がり、筋肉が硬直する。
これは、殺気だ。
そう気付いた時、エマーソンは手の震えを抑えられずにいた。
「……分かりました。今回はボクの負けです。アベルくんの要求を全面的に受け入れましょう」
尋常ではない殺気に当てられたエマーソンは、喉の奥から絞り出したかのような声で回答する。
「そうか。それは良かった」
「……1つ聞かせて下さい。キミの目的は何なのですか? どうしてウチの学園に?」
エマーソンにとって理解ができなかったのは、アベルほどの人物がどうしてレベルの低い学生たちに混ざっているのかということであった。
「俺の目的は『平穏な学園生活』を送ることだ。それ以上のものは何もないよ」
「ハハハ。正気ですか?」
予想外の返答を受けたエマーソンは、メガネの奥の瞳を僅かに曇らせる。
自分と同等か、それ以上の才能の持ち主が、一介の学生の中に埋もれていて良いはずがない。
「アベル君。キミの力があれば何だって手に入る! そうさ! その気になれば、この世界を自分の思うままに変えることだってできるのですよ!」
その言葉は半分、エマーソンの願望であった。
無能な老害を隅に追いやり、自分を中心とした世界を作ることはエマーソンの悲願であった。
だが、残念ながらエマーソンにはそれだけの力がなかった。
どんなに才能に長けていたとしても1人の人間が世界を変えられるような時代は、とっくに終わりを告げていたのである。
少なくともエマーソンは、今この瞬間まではそう考えていた。
「……世界の変革か。そんなものには興味ない」
それだけ言い残すと、アベルはエマーソンの研究室を後にする。
誰もいない研究室、エマーソンは立ち尽くしていた。
なんという殺気だ。
現存する魔術師たちの中でも、最強の名を冠するものたちが集うとされる、《魔術結社クロノス》に所属するエマーソンは、これまで数多の分野の『天才』たちと相対した経験があった。
だがしかし。
アベルの放つ異質な雰囲気は、これまでエマーソンが出会ってきた天才たちとは一線を画す。
その全てを一瞬で過去のものにするほど苛烈なものであった。
「ハハハ……。こんなもの……。あの2人如きでは相手が務まるはずがないですね……」
両手にはまだ震えが残っている。
不意に違和感を覚えて服を捲ると、エマーソンの体は夥しい量の汗で滲んでいた。
「……アベルくん。やはりキミは素晴らしいよ」
不思議と清々しい気分であった。
どんなに手を伸ばしても届きそうにない壁が傍にある。
その事実は次第にエマーソンの胸の鼓動を早めていく。
これまでにない充実感に満たされたエマーソンは、自らの頬が緩んでいくのを抑えることができないでいた。
「ふふふ。アベル君。何時かボクは必ずキミを超えて見せる……!」
鏡の前に立ったエマーソンは1人、不敵な笑みを零すのだった。
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