小虫を払う
「エリザ。少し体を横にどけてくれるか?」
「えっ。こ、こういうこと?」
「ああ。そんな感じだ」
標的の座標を確認した俺は素早く魔術を構築する。
どれどれ。
ターゲットまでの距離はザッと200メートルと言ったところか。
この程度の距離であれば基本魔術の火炎弾に《弾速強化》の追加構文を施しておけば十分だろう。
撃墜の確認は不要だ。
あの程度の的に俺が攻撃を当てられないはずがない。
「え……?」
「すまない。虫が止まっていたものでな」
やれやれ。
ここのところ俺の回りを嗅ぎまわっている人間の執着心には呆れるばかりである。
最初は『学校内だけなら』ということである程度は目を瞑っていたのだが、休日まで監視されるとなると話しは別だ。
そろそろ何か対策を打とう。
いい加減、相手にするのも面倒になってきた。
「ねえ。アベル。もしかして今、本気で魔術を使ったんじゃ……?」
んん? 今の魔術が俺の本気?
たしかにそうか。
先程の魔術は、以前にエリザと戦った時に比べると、僅かに力を入れていたような気がする。
というのもあの魔道具は存外、素早く動くことができるのだ。
あからさまに手を抜いたものでは、避けられてしまう可能性がある。
しかし、随分と俺も下に見られたものだな。
あの程度の魔術が本気と捉えられてしまうのは、思いも寄らなかった。
「バカバカしい。目の前の羽虫を追い払うのに、本気の魔術を使う人間が何処にいるんだ」
「そ、そうよね……。あっ!」
瞬間、エリザの手からティーカップが滑り落ちそうになった。
この店で使われている食器は、あからさまな量産品とは少し違う。
オーナーの拘りが感じられる一点物が大半を占めている。
やれやれ。
後々になってトラブルに巻き込まれるのも面倒だ。
俺は素早く手を伸ばして、地面に落ちる寸前のタイミングでティーカップをキャッチする。
「ん。取れたか。次からはキチンと持っておけよ」
「……あ、ありがとう」
さてさて。一体何の話をしていたんだっけな。
俺は目の前のハーブティーを飲んで口の中を潤すと、本題を切り出すことにした。
「すまない。話が脱線したな」
「ううん。いいの」
「んん?」
「……さっきの話は何でもないから。忘れてくれると有難いわ」
はあ。心変わりの早いやつだな。
だが、エリザがそう言ってくれるなら俺としても都合が良い。
今このタイミングで真実を話すつもりはないが、自分の出自に関してウソを吐くのも心苦しいと思っていたのである。
こうして無事に王都観光という目的を果たした俺は、エリザと共に中央区画を後にするのだった。
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