茜髪の少女



「貴方たち! 恥を知りなさい!」



 などということを考えていた矢先であった。


 背後から、やけに勝気な女の声が聞こえた。


 茜色の空を切り取ったような鮮やかな赤の長髪。

 そしてその目は、ガーネットのように輝きがある灼眼であった


 身に付けた服には竜と剣の紋章がある。家紋か。


 はて。

 どこかで見たこと気のする家紋であるが、パッと思い出すことができないな。



「寄って集って、平民の陰口を叩くなんて貴族の風上にも置けないわ!」



 この女も在校生か?

 それにしては妙に体の発育が良い気がする。俺たちと同じ受験生には見えないな。



「……誰だ。お前は?」


「アタシの名はエリザ! 今から5年後、このアースリア魔術学園を首席で卒業して、後世に名を残すような偉大な魔術師となる女よ!」



 エリザと名乗る女は、ズンと大きな胸を張って高らかに宣言をする。



「なんだよ。この礼儀知らずの女は」


「おい。受験生。表に出ろ。今からオレたちが口の利き方を教えてやろう」



 盾突かれた上級生たちは、分かりやすくエリザに苛立ちを向けているようであった。


 一瞬、助けに行くことも考えたが、直ぐにその必要はないと思い直す。


 俺が助けに入るまでもなく両者の実力の差は歴然としているからな。

 


「さて……。礼儀を知らないのは、果たしてどちらかしら」



 不敵に笑ったエリザは腰に差した剣を抜く。


 ふむ。大した剣捌きだ。

 どうやらこのエリザとかいう女、でかいのは体と態度だけではないらしい。


 この世界を訪れてから誰かに対して感心するのは、随分と久しぶりのような気がする。



「……ひっ!?」



 訳も分からないままに喉元に刃を突き付けられた在校生は、力なく地面に腰を下ろす。


 

「今すぐアタシの前から失せなさい」

 

「「「し、失礼しましたー!」」」



 エリザの燃えるような灼眼に睨まれた在校生は、蜘蛛の子を散らすかのようにして逃げ去っていく。


 やれやれ。

 まだ試験も始まっていないというのに、とんだ災難に巻き込まれてしまったな。



「おい。そこのお前」



 別に頼んだわけではないのだが、結果的にエリザが俺を庇うような形になったのは確かである。


 このケースの場合、何か感謝の言葉をかけておくのが礼儀というものだろう。


 俺が背後からエリザのことを呼び止めようとした直後だった。



 パシーン!



 突如として呼び止めようとする手を叩かれた。



「平民風情が……! アタシの体に触れようとは良い度胸ね……!」


「んん?」



 この娘は一体何を言っているのだろうか。


 ギロリと俺のことを睨みつける赤髪の娘の眼差しからは、先程の在校生たちと同じか、それ以上の差別意識の色が垣間見えていた。



「お前、さっきのって俺を助けるつもりじゃなかったのか?」


「何を言っているのかしら? アタシは単にコソコソと陰口を叩くやつが嫌いなだけ! 平民ごときに会話を認める許可を出した覚えはないのだけど?」


「…………」



 勘弁してくれ。

 この学園にはこんなやつしかいないのかよ。



「良いこと平民! アタシの視界に入りたいのならば、誰よりも強くなりなさい。アタシは強いやつ以外に興味がないのよ」



 エリザと名乗る女はそんな台詞を言い残すと俺の前から立ち去っていく。


 やれやれ。 

 まさか今の時代にこれほどまでに負けん気の強い娘が残っていたとはな。



「師匠ー! な、なんなんスか! さっきの女は!?」


「さぁな。俺が知るはずないだろう……」



 はて。

 とは言ったものの、あの女は以前に何処かで会ったような気もするんだよな。

 

 俺は茜色の髪の毛を靡かせる少女に何処か既視感を覚えながらも、遅れて校門を潜り抜けるのであった。

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