リズの記録
1. 少女
『君たちにはアベル・カイン兄弟と戦ってもらう。リズは一回遭遇してる相手だね』
拠点となる宿の一室で、私とベンはイリスにそう告げられる。
イリスにそう言われた時、何の事を話してるのか全く分からなかった。アベルとカインなんて大層な名前の人と出会ったことなんてないし...。
『俺が知らないってことはエルクレイアでの出来事か?』
『そうそう、城に囚われた私を救い出すために戦ってくれた時にね』
あ、思い出した。
『あのクソ武器商人の所で襲撃してきた奴らのこと?』
『クソって言葉使うのはやめましょうねリズちゃん、でも合ってるよ』
『ズバリ彼らの持つ力は『透視』と『貫通』、そしてその対抗馬に相応しいと私たちが思ったのは君たちってワケ』
「私たち」ねぇ。
最近はずっとイリスに付きっきり、話してる内容も私に教えてくれない。一体アイツは何考えてんだか。
『具体的には何をすればいいの?』
『なんかあるんでしょ? 作戦』
アイツとイリスの事だからきっと私たち用の作戦を用意してるはず、じゃなかったら...。
『え? ないよ?』
『えっ?』
二人は一体何を話してるの?
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『残念ながらアベルとカインは自己中心的な性格に加えて激情型ときてる』
『作戦を立てたところで「摩擦」が多くなるだけだと判断した、だから作戦はいらない。その代わり圧倒的な個でねじ伏せる』
...ダメだ、変な考えしか出来なくなってる。
そもそもアイツとイリスがコソコソ何かしてた所で私に関係ないでしょ。
私はアイツに利用されてるだけのただの駒、それ以上でもそれ以下でもない。そして私を理不尽な目に遭わせたアイツが憎い、死んで欲しいとさえ思ってる。そのはずだったのに...。
なんで今がこんなに楽しいと思えるんだろ。
『前回の遭遇で分かったことが二つ』
『一つ、リズの『視線』はアベルの持つ『透視』と相性がいいってこと』
そしてもう一つ。
『ベンの持つ『勇気』の力は、この世界において絶対的な力であるということ』
自分がどんどんひねくれた考えをしてきてるのが分かって嫌だ。自分が卑しい女のように感じてしまって嫌になる。
なんでアイツに憎しみ以外の感情が湧いてくるんだろ。
なんでアイツに隠し事をされるのが腹立たしいほど嫌なんだろ。
なんでアイツのことを考えると、胸が締め付けられて苦しい思いになるんだろ。
『君の持つ力は君の置かれた状況によって効力を増大させる。命の危機に瀕するほどに世界は君中心に廻る、これこそ圧倒的な個だ』
この思いを人に打ち明けたら「それは恋だ」とか言うんだろう、何も知らないで。
一方的に隷属させられて、私を駒にした男を好きになるのがどれだけ歪なものか理解できないから出てくる言葉だ、そんなものは。
『そしてリズはどこに照準が向けられるのか分かる...。まあ要するにぶっつけ本番ってワケだね』
『いいのか? そんなんだとほぼ確実に失敗する事になるぞ』
『作戦は無いけど準備は念入りにするつもりだよ。だから予想される状況の適切な対処法をこれから考えていきましょ〜う』
今も話を聞かずにその事をずっと考えてる。余計なことを考えて、大好きなイリスに不信感を抱いて...本当に面倒臭いな私は。
『結局なんも考えてないのかよ。おい、お前からもなんか言ってやれよ』
『...はぁ...』
『...おい、なんか考え事か?』
ベンのその言葉で意識は宿の一室へと引き戻される。
『ごめん、何も聞いてなかったわ』
『気晴らしに外行ってくるね』
続けざまにそう言い残し、逃げるように部屋を後にする。
『おいリズ! 悩んでる事あるなら俺に...』
その言葉を聞き終える前に、私は勢いよく部屋の扉を閉める。
ベンはそんな私を心配そうな顔で見つめ、イリスは何も言わずただ私が出ていく姿をじっと見ていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
私が人の視線を感じ取れるようになってから少し経って、人が向ける視線にも感情があるのだと分かった。
ある人は私に性的な視線を。
ある人は私に憧憬の視線を。
ある人は私に嫉妬の視線を送っているのが分かる、気味悪い気分だ。
視線の感情なんて読み取れたところでなんの意味もない。送られて気持ちのいい視線なんてある訳ないし、混沌とした感情を感じ取るのも嫌になる。
「気晴らしに外へ出る」なんて言ったけど、こんな悶々とした心で晴れるものなんて一つもない。移り変わる景色に気付かないほどに、私は自分の気持ちについて考えていた。
そもそもアイツは何者なんだろう?
アイツと一緒に行動してる時間が長いだけで、私はあの男について何も知らない。
憎んでいるのに、惚れているのに、仲間なのに、奴隷なのに、一番身近な存在なのに、私は彼の事を何も知らない。その事実もこの憂鬱な気持ちの原因になっていた。
夕暮れを過ぎ暗闇が空に広がる時刻、私は人通りの少なくなった大通りを一人孤独に歩いていた。
『私はアンタの何なの...』
『大切な仲間じゃダメなの?』
『...えっ?』
いつの間にか隣に居た***がそう言う。
彼の視線は、さっき感じてきたソレとは全く違う、淡白だけど暖かい感じだった。
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