ベルーガ・シフォン①

「強すぎる」

今戦っている少年に対して抱いた感想がそれだった。


『悪魔』と呼ばれる存在の使役や『異形』の魔物、何よりも『創造』の使い方が独創的すぎる。それが天性のものなのか培われたものなのかは分からない、だが一つ言えるのは、この少年が「規格外」だということだ。



『弾け』


空間が黒く歪み魔物の巨腕が顔を覗かせ、ソレから放たれた刃物は野球の剛速球のような速さで向かってくる。私は向かってくる刃物を最小限の動きで避け、少年の次なる行動と躱した刃物の行方に注意力を割いた。


「増強」

さん


耳障りな声が聞こえる。

壁や水に当たった音がしない、刃物に『移動』を使った証だ。同じ力の持ち主として、こういう状況でどの場所に刃物を送るかは大体検討がつく。



が、一向に来る気配がない。


「接近」

よん


私を攻撃するために刃物を『移動』したんじゃないのか? 訳が分からない。


得体の知れなさと消えた刃物の行方がどうしても頭の片隅にチラつき、割り切った判断が出来なくなっている。そんな私の事情に構うはずもなく、少年はまた何かを呟き...



「!?」


身体全体に重力とは違う力が張り付いているような、翼が生えたが如き身軽さでこちらまでやって来る。


今までの力では考えられない現象、これも『契約』の力の延長線なのか?



迎撃しようと刃物を振るう。

そして少年を目の前に見据えた時、全ての辻褄が合わさった感じがした。



仄暗い用水路、少年が用意した光源だけが辺りを照らしている。彼と真正面から相対したとき、彼の後ろには暗闇が広がっている状態だ。


その灯りに照らされて、僅かにが輝くのを目にした。


はじめは薄らとした像だけだったが、今は輪郭までハッキリ見える。アレは刃物だ、刃物だ!




私は振り下ろそうとしていた手を抑制し、仰け反るような格好で少年の攻撃を避ける。しかし完璧には避け切れず、胴体には浅い切り傷が浮かんでいた。



「あぁ! そういうことか!」



要するに、あの刃物には2つの役割があったわけだ。


1つは殺傷のため。

もう1つはのため。



そこまで気づいた私は背中を手でさする。

背中は燃えるように熱く、じんわりと熱が広がっていた。異物が突き刺さったような不快感を感じる。


手には血がべっとりと付き、次第に呼吸が荒くなっていく。だが意識はまだある...。



大丈夫だ、まだやれる。



程なくして、私はある場所へと『移動』した。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



爆発音や悲鳴がから聞こえる建物の中へと、私は『移動』していた。この建物が無人だということは把握済み、暫くの間隠れることが出来るだろう。


刃物を抜くとかえって危険になると判断し、そのままの状態で上へ続く階段を昇ってく。そして考えていた、致命的な一手となったあの攻撃について。




用水路には罠らしきものは一つもなかったが、相手の戦いやすい場所であることは確実だった。少年の緻密な作戦を看破できなかった私の失態だ。



用水路という場所に私を移動させたのは、この場所がになっているから。


そして、魔物という規格外の存在が放つ刃物はかなりの距離飛んでいた、つまりは射程が長いということ。


拳銃から放たれた銃弾が威力を程よく保ったまま届く距離は200mほど、もしくはそれを優に超えるという。命中するか否かは別にして、弾丸は緩やかな放物線を描きながら飛んでいくのだ。



今回は訳が違うにしろ状況は似ている。

命中率度返しなら恐らく50~70mは飛んでいくだろう刃物は、一時的にだが私の視界から消える。


結果としてそれは判断の遅れを招いた。


これら一連の行動は計画されたものだろう、仮にも『移動』させた刃物が自分へと向かってくるわけだ、ドンピシャで出来るとは思えない。


俄には信じ難い事だが、理論的には可能だと思う。何より彼らにはイリスという存在がいる、戦術の立案において彼女ほど重要な人物はいない。



「...っぐ...」



『移動』が2回使えているのも不自然だ。

次に力を使うまでのインターバルは45秒ほど、先の一連の流れでは『移動』は使えないはず...。


「これも...『契約』の力なのか...?」


...やはり規格外の力だな。

こと情報戦において、私たちは圧倒的に不利だったわけだ。



何はともあれ、彼は「投擲物を『移動』させる時は、必ず相手の近くに送らなければいけない」というセオリーを打ち破ってしまった。


そして今の私は満身創痍、反撃の芽が着々と摘まれている状況だった。




階段を登りきり、建物の最上階まで到達する。


すぐ横には大きな鐘がぶら下がっており、少し視線を下げれば土煙が至る所で上がる街並みを一望できる。この国唯一の時計塔、私は今そこにいた。




...ルイーズ、君は今どうしてるんだい?


君の言っていたことは正しかった。私には...いや、男には変なプライドを突き通す悪い癖がある。その悪い癖のせいで今も死にかけてるよ。



『恥なんて捨てて逃げればいいのに』



君ならこう言うだろうね、全くもってその通りだ。



でもね?

は逃がしてくれないらしい。





「みぃつけた」



先程までいた下の階層から声がする。

死神が死へと誘うような、甘い声がする。

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