4. 苦痛
何も考えられなかった。
祖母用の布団で遺体を包み、ビニール紐でキツく縛り付ける。自首なんて一切考えてない、証拠を隠滅するために体が勝手に動いていた。
「そいつ...悠のために貯金しといたお金全部パチンコに使ったらしいの...。それがどうしても許せなくて...」
「いいから、今はまず落ち着いて」
そう言っていると、祖母の部屋から何かが落ちる音が聞こえる。恐る恐る扉を開け部屋の中を覗き込むと、落ちていたのは1つの写真立てだった。
「母さん...コレ...」
そう言って母さんへと落ちていた写真立てを見せると、おさまっていた涙がドッと溢れ、嗚咽を漏らしながら再び泣き始める。
写真立ての中に飾られていた写真は、いつの日か笑顔でピースしていた俺たち3人の写真だった。
「そうだよね...! 変わっちゃったけど...やっぱりお母さんはお母さんなんだよね...!」
「なんでこうなっちゃったんだろ...」
「あの頃に...戻りたいなぁ...」
俺は、冷静と言うよりかは諦観の眼差しで目の前の物事を見つめていた。母さんも疲れたんだろうけど、俺ももうとっくに疲れ果ててる。なんでこんなに苦しい目に遭わないといけないんだろう、早く楽になりたい。
だから...
「この死体山に捨てたらさ」
「一緒に死のうよ、母さん」
*
「話したいことって何?」
学校の屋上。上には晴れ晴れとした青空、下には降りしきる花吹雪が見えるこの場所で、俺と愛梨は面と向かっていた。
何か勘づいてるけど、普段と変わらない態度でそれを隠してる。この状況を見れば誰でも分かる、俺が次に何を言い出すかなんて。
「好きだ」
ただ一言、そう告げる。
「付き合って」なんて言わない、それは未来がある人の言うセリフだから。もうすぐ死ぬヤツにはその言葉は勿体ない、好意を伝えるだけの告白がちょうどいい。
「...ごめん。私...圭と付き合ってるんだ」
もちろん彼女はそんな事情を知らない。付き合いを前提とした告白だと捉えられ、見事に俺はフラれてしまった。心に鉛のようなものが入り込む感じがする。
「いつから?」
「...ホントに最近。圭の方から告られて...私もアリかなって思って付き合った。1回もそういう経験したこと無かったし」
桜の花びらが俺たちのいる屋上へと迷い込む。
「なんで俺にいつも優しくしてくれたの?」
「それは...」
愛梨は言い淀むが、意を決して口を開く。
「同情してた、悠の境遇に」
「色々と優しくしてた時の私は...悠じゃなくて世話を焼く優しい私を見てた...。好きなのかなって自分でも思ってたけど、圭と付き合ってやっとこの気持ちが分かった...」
「ごめん...。サイテーな私で...本当にごめん」
最低なのはこっちの方だよ。
今まで気になっていたキモチが今やっと分かったんだから。
俺が愛梨に向けてたのは、好意なんかじゃなくて救いだったんだ。俺をこの現状から救ってくれるんだったら誰でも良かった。現にこの事実を知った俺は、目の前にいる彼女に大した思い入れが無くなってしまっている。
耐えられなくなって、愛梨は泣きながら逃げ出すようにこの場を去ろうとする。
あんな顔見たことないや。
そう思いながら、俺は去り際の彼女に一言だけ言葉を送った。
「じゃあね」
*
昼過ぎ。学校を抜け出して俺はおじさんがいる公園へと向かっていた。制服を着ているので周りにいる人からは良くない目を向けられるが、今の俺にそんなものは関係ない。
そうして子供たちが遊ぶ遊具から少し離れた場所、日陰で遮られたホームレスの居住地へと足を進める。異臭漂うこの場所にはおじさんも住んでる、死ぬ前におじさんと話してみたいと思った。
「あぁ、前川くん? 彼は昨日ここから出てったよ」
「なんでも新しい会社を立ち上げるから社宅に移るって言うもんだからな。羨ましいけど尊敬するよ、彼の行動力が昔の自分にあればなってね」
やっぱりおじさんは凄い。
大抵の人が諦めそうな状況でも、這い上がるための努力をしている。でも、それは恵まれた環境があったからこそ芽生えた長所なんじゃないのかなと思う。
「
結局は金なんだ。
金を持ってる人の元に生まれなければ、一生負け組の生活を強いられる。ばあちゃんだって母さんだって俺だって、みんな金に狂わされたんだから間違いない。
「そうですか...ありがとうございます」
だからかな
俺は初めて、大好きだったおじさんに心底失望した。
*
夕暮れ時、俺と母さんは手提げ鞄1つだけ持って神社へと向かっていた。
山の中にある陰鬱とした神社、周りからはいわく付きの場所として恐れられてる。そこに向かう母さんの顔は、疲れ果てながらも憑き物が落ちたような晴れやかな顔をしていた。そんな顔を見て、俺も疲れを忘れて安堵する。
「ありがと、一日時間をくれて。お陰でみんなに挨拶することが出来たよ」
「いいんだよ全然。私のせいでこうなったんだから、私は何も言う資格ない」
だれも駐在していない神社から少し離れた場所で、俺は持ってきたロープを木に括り付ける。
「もし生まれ変われるとしたら...悠をもっと幸せにしてあげたいなぁ...」
返す言葉がなく黙って作業をする。
すると、森の奥にナニカがあることに気がついた。
「ねぇ、最期にあれだけ見に行こうよ」
そうして俺たちは違和感の正体を目撃する。
「なんだ...? これ...」
黒い...扉?
光すらも通さないような、黒く塗られたドアがそこにはあった。建物もない森の中、当然そんな場所にドアがあるなんておかしい。
「これってもしかして...最近多い失踪事件の...」
扉を開け、その先にあるものを見た感想がそれだった。黒く渦巻く何かがそこにはある、この時点で常識の範疇から脱している。
「...入れる...」
手を伸ばし、決してそれが壁じゃないことを確認する。渦の中に入った手の部分からは、全く理解できない異質な感じがする。
「...行きたい?」
母さんはそう問いかけてくる。
「うん。ここで死ぬよりコッチで死んだ方が楽しそうだ」
母は笑顔で、渦の中に入る俺の後を追った。
**************************************
木漏れ日の光で目を覚ます。
辺りを見渡すと、そこには以前いた場所とはだいぶかけ離れた森が広がっていた。
それにさっきのは...
「あぁ...自由だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます