26. 疎通
雪が止み、視界が晴れる。
周りには砕かれた墓石の残骸たちが散らばり、地面に積もる雪は痛々しく抉れていた。
「ありがとう、彼らを殺さないでくれて」
「ふふ、私が彼らを殺さないと分かっていたんでしょう? 貴方の狙いに気づくと踏んで」
「少し自信をなくしますね。自分がそんなに分かりやすい女だとは思わなかったのですが...結果的に貴方の思惑にまんまと嵌ってしまいました」
正直、この賭けは五分五分のものだった。
例え僕の意図に気づいたとしても、その内容が自分好みのモノだったとしても、彼女が協力するだろうという条件が揃うほど彼女の行動は読めなくなる。
破天荒という言葉を具現化したような存在だ、行動理念を掴めるわけが無い。
「リズに刃物を刺した時は焦ったけどね」
「これで心置き無く...アンタを殺せるようになった」
目の前にいる彼女はボソボソと何かを呟く。すると、先程僕が潰した腕が急速に治り、やがて元通りになった。
『...ねぇ、聞こえる?』
不意に、脳内へとリズの声が届く。
その声は最初震えていたが、次第に普段通りの様子に戻っていた。
『聞こえてる。この力は?』
『さっきあの人から渡されたの、前にイリスが言ってた『疎通』って力だと思う』
指定した存在と脳内で対話をすることが出来る力か...。兼ねてから得たいと思っていた力だ。どこまで応用できるかは未知数、試してみる価値はある。
「多数の犠牲を払って、貴方は再び人間性を獲得しました。感情移入しづらい登場人物から、自己が確立された主人公へと変わったのです」
『僕の戦い方は覚えてる?』
『もちろん。どんだけ一緒にいると思ってんの』
今がその初陣です。
「私を殺し屍を越え、不条理の先で笑う下賎なものたちを殺しなさい。貴方たちには神ですら御し得ない力があるのだから」
『任せたよ?』
『どんと来い』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
足に力を込め、一気に距離を詰める。
彼女はたいして驚きもせず、左手には僕に似た人形を持ち、右手にある刃物を振りかぶった。
『弾け』
僕ではなくリズがそう唱える。
すると、リズの頭上に図太い魔物の手が現れた。彼女はベンから余った刃物を受け取ると、それを頭上に投げる。
「なるほど、攻撃の分割ですか」
魔女は攻撃を止め、飛んできた刃物を防ぐ。その様子を見た僕は片手に短剣を生み出し、もう片方の手からは血を『創造』した。そしてソレを剣へと滴らせ、勢いのままに剣を振りかぶる。
「悪魔。守って」
...なんだ?
動きが...遅くなって...。
首に剣先が届くかという所で突然動きが遅くなる。振りかぶる剣の速度も、宿り主から離れ魔女へと飛び散る寸前だった血の雫も、今は速度を無くしたように空中を漂っていた。
『あれ、さっきも見た』
『見えない力で守られてるカンジ、あの人が何かを唱えるたびに起こってる』
代償なしで『契約』を交わした? ありえない。定型文を一部分でも省略したらどうなるかは気になるところだけど...今はそんなことどうでもいい。僕の両腕以外は動かせる、何とか立て直さないと。
足元にある雪を抉るように蹴り上げる。
当然攻撃は躱されたものの、少量の雪によって一瞬だけ視界が限定された。
『リズ、もう一本』
『りょーかい』
魔女から少し距離を取った場所へと『移動』し、生成した刃をリズたちへと投げ渡す。と同時に、弓を『創造』し矢を彼女へ向けて放った。
「悪魔。手をこちら...に」
彼女が不意に言い淀む。
見るとリズによって身動きを抑えられてるみたいだ。しかし放った矢や刃物は顕現した悪魔の手によって握りつぶされ、跡形もなく消えてしまった。
『なんっで...! 動けるの...』
『視線』の力を使っているのにも関わらず、魔女はその動きを止めない。ぎこちないながらも動き、力に対抗しているように感じた。リズを見ると、彼女の目が血走っていくのが分かる。
「貴方の持つ力がなぜ対象の動きを止められるのか、それは人を縛り付けられるくらいの視線を与えているからに他なりません」
「つまり動作の抑制は絶対ではない。強い意志やほんの少しの対策を講じれば無力化できると言う訳です」
これ以上は危険だな。
『リズ、無理しないでいい』
『...でも』
『焦らないで、今より重要な場面でソレを使ってくれればいいから』
そうして僕は『疎通』を使ってリズへと指示を出す。その内容ゆえか、彼女はとても驚いた表情をしながら僕のことを見つめていた。
『ホントにやるの...?』
『うん。もう僕は戻れないみたいだ』
僕が生まれた日のことを思い出す。
メアリー・スーという絶対的な存在を認識した瞬間、初めて僕の人生は始まった。そこに至るまでの記憶や背景は馴染みがなく、生まれた瞬間から不自然なまでに憎しみに駆られていたのを覚えてる。
昔の僕は優しかったらしい。
そんな記憶はあっても実感がない、馴染みがない。そんな空っぽの僕だけど、この僅かな時間で様々なことを経験した。
裁定の村だったかな?
ヴェイルを『創造』した神父に対して、僕は純粋な殺意を覚えた。倫理観が芽生えた出来事だったと思う。
そんな事を思い浮かべながら、僕はある言葉を口にした。
「ごめん、みんな」
そうして僕は頭上にあるものを『創造』する。ソレを見た魔女は、頬を紅潮させ瞳を輝かせた。
「そうですそうですそうです!」
「それでこそ貴方はこの世界の主役に相応しい!」
それは、磔にされた五人の人だった。
特になんてことは無い普通の人間。生贄に捧げる為だけに僕が生み出した、無垢な人間たち。
許しておくれ、壊れるしか無かった。
狂気に染まらなければ、この世界を変えることが出来ないから。
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