ムクナイケニエ
あの子、いつの間にああまで成長したんでしょう。嬉しい限りです。
操られるばかりでは無い、自分の意思で私を殺そうとしている。彼へと向けていた興味が愛着に変わった瞬間でした。
それに...目の前に立つこの子たちもいい顔をしています。自分の役割を理解している、私を止めるためだけに全てを注ぐ決意を感じる。
いい、とても良い。
この子たちを殺したら、あの子はどんな顔をするんでしょうか。
その顔はきっと曇りに曇って...私好みになる気がします。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あの子は薄々勘づいているはずです。
この世界は代理戦争の真っ只中だということに。そして、自分の行動ひとつが世界を変えてしまうことに。
『貴方、あの子をどうしたいんです?』
先程彼に問いかけた質問、あの答えは彼が反応で示していました。
性の対象じゃない、保護の対象じゃない、恋の対象じゃない。彼女はそれよりももっと大切な存在。世界すら変えてしまうような、彼が用意した最後の切り札。
...。
「そういう事ですか...」
あぁ、やっと分かりました。
彼は一人でここまで考えていた? そうだとしたら想像以上です、歳不相応というレベルじゃない。身体が火照ってきました、興奮が抑えられません。
もし仮に、彼に入れ知恵をするとしたら誰がいるでしょうか。
...そういえば居ました。
無駄に頭の冴える、作家気取りの不死者が。
彼の意図が分かったとなれば話は別です。目の前の子たち、私を畏怖の目で見る彼らを殺そうとするのはもうお終い。私がやるべき事は...。
『悪魔。56人の命を代償に、私の片腕を治してください』
『疎通』の力でそう願う。
すると折れた片腕が治り、私は懐からナイフを取り出した。急速に治る私の片腕を見た彼らは、より一層警戒の念を強めたような気がする。
「警戒」と「恐れ」は似たもの同士です、だから警戒を強めるあまり相手を恐れてしまう。
「そんな顔をしてはいけません。その顔は白旗を上げているようなものです」
「殺す予定でしたが気が変わりました。彼が悪魔を殺すまでの僅かな時間、私が貴方たちを見てあげます」
足に力を込めて距離を詰める。
飛び道具が無いからでしょうか。不甲斐ないですね、こうも私の接近を許すとは。
『悪魔。生贄を捧げる毎に私に力を』
持っていたナイフでベンと呼ばれていた男の子を切りつけるものの、攻撃が読まれていたように躱される。今の彼は何度やり直したのでしょうか、それを確かめないといけません。
加える攻撃に緩急をつけ、ナイフの軌道を読みずらくする。苦い顔をしながら避けているのが分かります、今に至るまでかなりの数をやり直しているんでしょう。
『
声が聞こえた後、振りかぶるナイフへと謎の力が加わる。ありえない速度でナイフを振り下ろし、鋭い斬撃を繰り出した。
「...っクソ!」
どうやらここまではやり直せなかったようです。彼の肩には浅いものの切り傷ができ、予想外の力に驚いているのが目に見える。
「力に頼り切ってはいけません、戦い方を覚えなさい。そのままだと自分の精神を傷付けるだけです」
よって、私が次に起こす行動は防ぎ切ることが出来ないと考えます。
「...っリズ! 避けろ!」
『
「...っえ?」
リズ、それが貴方の名でしたか。
白の服が赤く染まり、腹部にできた赤は白を侵食していく。彼女の可愛らしい口に血が垂れるのは悲しい事ではありますが、今の彼女を見ると加虐心が
「かっ...は...」
ナイフを抜き、心の中で悪魔に願う。
『悪魔。39の無垢な生贄を代償に、彼女へと『疎通』の力を授けてください』
初めからこうすれば良かったのに、少し遊びすぎましたね。いや、殺すと決められた運命を回避したと言った所ですか。
「悪魔。私の両足の爪を代償に、彼女の傷を塞いであげてください」
気の持ちようで運命は変えられる。
なるほど、だからやりようがあるということですか。彼もあの子も、何度神の意に背いてきたことか...ふふ、想像に難くないです。
「なんで...傷を治したの...」
言ったでしょう? 「気が変わった」と。
「私の欲を満たす相手が変わっただけです」
「届かないと思っていた高みに手が伸ばせると知ったら...蹴落としてみたくなるじゃないですか」
そうして、全てを終えた少年が私を見やる。
その顔は殺意に満ちていて、とても私好みの顔をしていました。
「次はアンタの番だ」
私の出現は誰が意図したものなんでしょうか。ただ言えるのは、私というイレギュラーを御せると勘違いした結果がコレだということです。
私なら確実にこの場の全員を殺せる。
だけどあえてそれをしない。それが一番求められていない結果であり、私が自由である証拠だから。
「ふふ、そう急く必要はありませんよ」
「私はいつでも貴方に殺されてあげます」
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