キミ

22. 邂逅

「ちょっとマジメな話をしようか」

「キミが町を壊滅させた時、どんな心境だったんだい?」


僕の生まれた町に戻ると言ってから幾日かの時間が経ち、僕らは予定通り目的地へと向かっている。整備された国道を行けばもっと早いんだろうけど今は歩けない、人に見つからないように森伝いに歩いていった。




「覚えてない」が正しいかな。


「子供には嫌な記憶を切り離す力がある、記憶の乖離かいりってやつだ。それではなくて?」


「そんなんじゃないと思う、多分本当に



ふと、お父さんとお母さんが死んだ時のことを思い出す。


少し前の僕だったら絶対に耐えられなかった。泣きじゃくって嗚咽を漏らし、一日は何も出来ずに蹲ってたと思う。弱々しいと思うかもしれないけど、前までの僕は本当にそんな感じだった。事実、町の人たちにもその事を言われてたから。



でも、気づいた時には何も感じなくなってた。目の前に動かなくなった二人がいたのに、僕は動揺すら出来なくなってた。だから僕は思ったんだ、って。


「じゃあ本当のアンタは心優しい穏やかな子ってこと? ハッ、似合わなすぎ」


「すげー悪態つくのなお前、まぁそう考えるのも無理ねーか。俺だって冷酷無比なコイツしか見た事ないからな」


僕の後ろを歩く二人はそんなやり取りをしている。リズの言うことに異論はない。それだけの事をしてきたし、何なら今だってリズのことを可哀想だなんて思ってないから。


「人の性格はそう簡単には変わらない、ゆっくりと時間をかけて形成されていくものだ」



「だから尚更気になる。ほぼ一瞬のうちに性格まで変わってしまったキミには...一体何が起こったんだい?」


『知識』をもってしても得られない情報に心を躍らせている...と思ったけど、その顔は真剣そのものだった。知識なんて二の次、本気で僕のことを心配しているような、そんな珍しい顔をしていた。


「そんな顔しないでよ。知識を得るためだったらなんでもするって感じじゃなかったっけ?」


イリスは僕の返しを予想してなかったのか、虚を突かれたような顔をした後、少し微笑む。


「言ってなかった? 結構情に厚い人間だよ? ワタシ」


僕たちは道とは言えない場所をひたすらに歩く。


「まぁ大丈夫だよ、安心して」

「今までの僕だったら、こうしてイリスたちに出会うことは無かった...僕も色々と救われてるんだよ」


「だから大丈夫。何があっても前を向ける」


不思議な気持ちだ。

およそ人間とは言えない僕だけど、今は少しずつ罪の意識や人の善意が理解できるようになってきていた。失った感情を取り戻してるみたいに、ある日空っぽになった僕の心が色付けされてる。



「そう...ならよかった」

「これ以上の詮索はやめとくよ。知識人は時として、みずからの手で答えを導かなければならない」


でもね、


「困った時は言いなさい。お姉さんがいつでも助けたげるから」


そうはにかむ顔を見て思い出す。絶世の美女を自称している彼女だけど、その自己評価はあながち間違いじゃなかった事に。


「またイリスがつまんない事言ってる」


後ろからの罵倒に触発されたイリスがリズを追いかけ回す。その様子を見ながら、僕は誰にも聞こえないような声で言った。



「...ありがとう」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



かなりの時間をかけて町まで辿り着く。

一晩にして壊滅した僕の故郷は「呪いの土地」として恐れられ、今では誰も人が寄り付かなくなっていた。むしろ好都合だ、僕たちがこの場所にいることを知られると不味いから。


「まだ冬だと言っても、まさかこんなに雪が残ってるなんてね...」


「この時期はそうだね。あと二か月くらいは残るんじゃないかな」


そう言いながら僕たちはある場所へ向かう。

この町に新しく作られたであろう墓地、エレンや両親が眠ってる場所へ。



「...待った、誰かいる」


予想通り、墓地が新しく作られてた。広大な土地を埋め尽くすぐらいの石碑を見て、初めて僕が殺した人の多さに気づく。そして石碑が立ち並ぶその場所へと立ち入った瞬間、墓地の奥の方に人影が立っているのが見えた。


慎重に近づく。

見るとその人物は防寒具を身に着けている、背はそこまで高くない。




ある程度近づくと、背中を向けていたソレはこちらへと向き直り、その顔を僕らに見せた。



「...」

「随分舐めたマネしてくれるね」


「なんで死んだはずの君がここにいるのかな?



頭を覆っていた頭巾を取ると、煌びやかな髪が溢れてくる。


その金色の髪はユラユラと揺れて、冬の雪に溶け込んでいた。

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