数時間先の新しい君へ

「もうこんな時期かぁ...」


薪を割る音で目を覚ます、身体を起こすと顔中に冷気が纒わり付いていることに気づいた。なんてことは無い冬の一日、だけど今日はある出来事が近づいている。



「おはよう、少年。良く眠れたかい?」


そう言いながら忙しなく家中を片付けて回るイリス、借りてるだけの家なのに...何でそんなことを?


「何で掃除なんか?」


「仮にもこの家で年を越すんだ、綺麗にして気持ちよく新年を迎えたいじゃない?」


あぁ、そうか。

もうそんな時期だったか。


色々なことが起こりすぎてて気づきもしなかった。今日が僕たちの世界の暦で言う、一年の終わりというヤツだったんだ。


「ベンには外で薪を割ってもらってる。でだ、呑気に起きてきた...」


話の途中、別の部屋から同じく呑気に起きてきたヤツが顔を出す。


「君...たちにも色々と手伝って貰うから、ヨロシク!」




「うぅ...さむ」


僕とリズは外へと駆り出され、無人となった村の畑で作物を収穫していた。乾燥した風が吹く度にリズが身震いする、見ると寒がりな彼女にしては軽装だと思った。


「この時期にそんな格好で出るからだよ。ほら、これ着て」


「...ありがと。でもアンタは大丈夫なの?」


「僕の故郷はいつも雪が降ってたからね。こんなの慣れっこだ」


僕の着ていた厚着を貸すと、照れくさそうに礼を言ってきた。


思えば、最初の頃に比べてリズはだいぶ穏やかな性格になったと感じる。諸々のことを含めると出会ってから三週間ほどか...早いようで随分経ったな。


「最近どうしたの? 急に優しくなって...」


「ちょっと前までは『キミは一生僕に隷属してくれない?』とか言ってたくせに、結構な変わりようじゃない?」


それは確かに僕が言った言葉だけど...下手くそな声真似だ、悪意しか感じない。


「あの時は...何だったんだろうね、自分でも分からないや」


「...変なの」


そうして収穫を続けていると、どこからか豚の鳴き声が聞こえる。餌を与える人間がいなくなって空腹になったみたいだ。


「ちゃんと家畜がいるのに...何で人間なんか食べてたんだろ」


「人間は労働もできて食料にもなるからね。一から人間を生み出せるヤツにとっては家畜と同じ存在なのかも」


おそらく、神父は自分が理想とする世界が実現可能なのかをこの村で試していた。家族同然の仲間たちを規律で殺せるかどうか、実績と信頼はどこまで人を盲信させれるかを試してた。


そして、その世界は実現した。

人間を食べる理由なんて特にないと思う。人を殺すことに重きを置いていて、それを食すのはほんの


「まぁ、考えるだけ無駄な事だよ」


「逃げた人たちもそのうち気づくさ、自分たちと異なる思想が世界に限りなく広がってることに」



「そして、淘汰されるか自分たちの文化を守るか決めるのは...あの人たち次第だ」




「さ、今日はベン君と君たちの働きによって野菜のみの予定がここまで豪勢になりました! 拍手!」


食卓に並ぶたくさんの料理、イリス以外の全員で作った力作。イリスは知識人のくせに料理は出来ない、ポンコツだった。


「この世界に来て何度も思うよ、この世界にも年を越す文化があった!ってね。これがあるのと無いのとじゃあ全然違う」


料理を食べている最中、イリスはそう言う。


「新しい自分になった気がするって言うのかな? 上手く言えないけど清々しい気持ちがする」


「どうせ君たち今まで何も考えずこの日を過したクチだろ? だから...」



「今日は朝まで...騒ぎ倒すぞぉぉぉぉ!」


なんで今日はこんなにうるさいんだ?

そう思いイリスの方を見ると、顔は赤く手には葡萄酒の入った容器を持っていた。コイツはいつの間にか酒を飲んでいたのだ。


「ダメだわコイツ。お前らあとは任せた、俺は疲れたから少し寝る」


そう言ってベンは自分の部屋へと入っていく。また暫くすれば戻ってくるはずだ。


まったく、年甲斐もなくなんて事を...。


ん? 歳?


「リズは顔つきが大人びてきてお姉さんって感じだねぇ〜。来年は歳を重ねてもっと美人さんになるんじゃないかなぁ〜!?」



「そういえばイリスって歳いくつなの?」


「...っえ?」


あぁ、言ってしまった。

僕がせっかく言わないでおいたのに...。


「嫌だなぁ、美女に年齢なんて概念ないんだよ? だからワタシに聞くだけ...」


「早く、早く教えてよ」


「...27です...。来年で28になります...」


その時、僕はここぞとばかりにあっちの世界の知識を披露しようと思った。今が使い所だと感じたからだ。


「そういえば転移者の人に聞いたことがある。計算する時によく使う『四捨五入』なる概念があるって」


「ちょ待ってそれはまず」



「その方法を用いると...イリスの年齢は30歳と同等になるらしい」




それから後のことは覚えてない。

気づいたら自分の部屋で寝ていて、起きると頭を誰かに殴られたような痛みがした。



そしてあとから聞いた話によると、ベンが起きる頃には食卓付近に人はいなかったらしい。


食卓に並んだ食器を片付けていると「探さないでください」と書かれた紙を見つけ、イリスの部屋に近づくと...すすり泣く声が聞こえたのだとか。



そしてそれは一晩中続いたのだった。




特に変わったことは無かったけど...その日は人生で一番楽しかった日だと思った。

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