16. 擾乱

この男は今なんて言った?

を、なんと呼んでいた?



僕の名前は******だ、**の家に生まれた一人っ子だ...。



?




僕の名前は...なんだ?

頭にもやがかったみたいに、自分の名前がどんどんと分からなくなる。


男が僕の名前を言った時、言語として成り立つのか分からない音を発していた。たぶんあっちの世界の言語にも当てはまらない、本当に理解できない音。



...あぁ、だからか




******なんて、こんな無意味な記号で僕の名前が表されるのは。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「僕たちを殺せなんて...神様は寛容な存在じゃないの?」


「神にも都合があるんだよ、察してくれや」



周りを見ると、様々な物陰から僕らを見ている人がいるのに気づく。ベンのこともあるしなるべく市民を殺すのは避けたい、となると...この場所は結構不利だな。


「イリス、その男は神がどこにいるか知ってる?」


「カミサマがどこにいるのかはサッパリ。だけど拠点の場所は知ってるみたい」



「ほら、あの一番大きい塔」


指を指した先には、一際大きい塔が天高く聳え立っている。ここから距離はあまり離れておらず、『移動』を使えばすぐに着くと感じた。



「よし、行こうか」



大勢の人が、僕たちの行く先々に現れる。

それは居住区の人たちだったり、憲兵と呼ばれる人たちだったり、検問所で出会った人たちだったり...。


そうして立ちはだかる人々を何とかいなし、僕たちは塔の入口へと辿り着いた。


「ここから先は市民なんていない。


リズとベン、イリスに持ってきた刃物を手渡し、僕は残りの刃物を全て手に持つ。



「さあ、みんな出ておいで」


そう言うと塔のあちこちから鼠が現れ、僕の前へと群れを成す。その中に紛れているリスに触れると、建物のあらゆる場所の情報が頭に入り込んできた。


「ありがとう、みんな」


そうして深く目を閉じ、それぞれの場所を想像する。


『発火』の場所、『堅守』の場所、『猟犬』の場所、その他脅威となりうる存在複数。



そしてその、持っている刃物を移動させた。


「さ、行こう」




そうして僕たちは、最上階を目指してひたすらに階段を掛け上る。


「さっき見た感じ、この塔には色んなモノが集まってる」


「ライザや他の奴隷商から集めた色んな用途の奴隷たち、質を問わない量だけの麻薬、その他各種武器...凄いなここは」


そうして僕たちは、最上階を目指してひたすらに階段を掛け上る。


「...あれ、私の見間違いかな? さっきもこんな場所見なかったっけ?」


そうして僕たちは、最上階を目指してひたすらに階段を掛け上る。


「...いや、明らかに同じ場所をずっと登ってる」


「イリス、同じ場所を行き来させるような力はある?」


そうして僕たちは、最上階を目指してひたすらに階段を掛け上る。


「ある。確か『反復』の力だったかな?」


「でもソイツはキミが殺したはずだ。カミサマがこんな事まで出来るんだとしたら...想像以上だね」



そうして僕たちは...なんだ?

上へ向かってるはずなのに、


そうして辿り着いたのは、鉄格子が雑多に並ぶ部屋だった。松明の灯りが仄暗く揺れ、冷ややかな冷気が肌を撫でる。明らかにこの塔を登って辿り着く場所じゃない。


「キミがさっき刃物を送り付けた中に、『配列』の転移者がいただろ? おそらく、そいつが死に際にこの建物の構造を組み替えたんだ」


「まったく...困ったねぇ。まあでも、あの奥に見える階段を登れば本丸に着くはずだ。私の直感がそう言ってる」



奥に見える階段、確かに今までのそれとは違う。



その前に立ちはだかる人影が二つあることからも、僕はそう感じた。


「...まって、女の子の隣にいるやつが被ってるのって...。あれは......?」


イリスは何かに気づいたように表情を変え、怒号のような声で叫ぶ。


「逃げろ!」



その声を聞いてから逃げるまでの一瞬の硬直。その時、僕は暖かな風が肌を撫でるのを感じた。



それは、死の風。


「息をしないで!」


そう言って僕はベンの口を手で塞ぐ。そして、『移動』を使ってベンを部屋の外へと飛ばした。



リズが力なく倒れ、その次にイリスが倒れる。僕も次第に意識が朦朧とし、足が力をなくし痙攣していた。


「あとは...頼んだよ...ベン」



そうして大量の吐血をしたあと、僕は深く目を閉じる。覚めることの無い夢、僕はそれが心地よく感じてしまった。

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