少女①
いつから地面で寝るようになったんだろう、もう思い出せない。
周りから見れば異常な事でも、それが慣れてしまえば何も感じなくなる。
私を無責任に生んだ両親が憎いと思ったこともあったし、私の存在を見て見ぬふりをする全てに腹が立ったこともあった。私は親を選ぶことが出来ないのに、通りゆくあなたたちには無限の選択肢がある...すごく羨ましかったな。
辛い過去を話せば同情を買えると思って試したけど、あまり効果がなかったから話すのをやめた。
だからもう昔のことは覚えてない、覚えるだけ意味のないことだと思ったから。
私と同じ場所で寝ていた人たちは、いつの日かそのまま動かなくなった。
数日経つと蛆が湧いてとても酷い匂いがしたので、苛立ちながらもその場所を後にした覚えがある。そのうち異臭騒ぎで憲兵が遺体を処理する、そのせいで私の物乞いも止めさせられると思ったからだ。
過去も未来も考えず、ただ今だけを見つめていた。
そして今は牢屋に閉じ込められ、そのうち来るだろう死を待つばかりだ。生きることだけを考えてたら逆に死に近づいていた、なんてサイコーに皮肉が効いてて笑っちゃう。
死期が迫る私は、どうしても感傷的になってしまう。
一度でいいから、心の底から笑ってみたかったなあ。
*
牢屋に放り込まれ、私は力なくうなだれる。
城のような装飾があった広間とは違って、ここはジメジメしていて肌寒さを感じる。当然陽の光なんて全くないこの場所で、蝋燭の明かりだけが辺りを照らしていた。
「飯はちゃんと出してやる、安心しろ。お前の持つ力のおかげか知らないが、ライザ様からは丁重に扱うようにと言われているからな」
辺りを見渡すと、私以外にもう一人いることに気づいた。
国中を探しても見つからないくらいの大男。仮面で顔を隠されているその男は、鎖で手足を縛られ壁にもたれている。体中に様々な傷があり、痛々しい傷跡が露わになっていた。
「そいつはウチで飼ってる処刑人だ。『改造』の力で体格を変え、命令に従うしか能のない人間にした」
「...はずだったが、最近は殺す際に躊躇いが生じるようになった。もうほとんど使えない役立たずさ、今は貴族の憂さ晴らしに使ってもらってる」
しばらくすると食事が牢屋の中に入れられ、私はそれを食べることにした。
用意された食事は二人分。壁に張り付いたままでどうやって食事をとるのだろうと考えていると、器の近くにいつかのリスがいることに気づいた。
「...いつのまに...。あんたも食べたいの?」
別に返事を聞いたわけじゃないけど、パンの欠片をあげてみる。お腹がすいてたのか、忙しなくそれを齧ってた。
そんな光景を見てると、少しだけここがどこだか忘れられる気がした。
*
私は意を決して大男へと近づく。
あまり関わりたいとも思わなかったけど、手つかずの配膳を見てると落ち着かなかったから体が動いてしまった。
「...体動かせないでしょ。仮面取るから口開けて」
そう言って仮面を外そうと手を伸ばした時、今まで微動だにしなかった男が突然激しく動き出した。じたばたと藻掻く手足によって、地面に置いてた配膳は中身をばら撒き辺りに散乱する。
「...信じらんない」
駄々をこねた?
それとも死にたがってる?
「おい、なんだ? あー、またやってるよ」
生じた音の原因を探るために従者が何人も駆けつける。
「...また?」
「コイツ処刑人として使えなくなってからずっとこの調子だ。仮面の奥を見られたくないからって躍起になってやがる、そのせいで飯も碌に食ってねえ」
「勘弁してくれよ、お前も一応商売道具の一つなんだ。それが衰弱死でもしちまったら...俺がライザ様に怒られちまうよ」
その言葉から、身の毛もよだつ様な悪寒を感じた。
*
従者たちがいなくなった後、私は改めて男の方を向きなおす。
「あんた、言葉とかは理解できるの?」
「理解出来ないなら出来ないでいい、私がずっとあんたの悪口を言い続けるだけだから」
そうして、今までの憂さを晴らすように話し出す。
「私は別にあんたの境遇には興味がない。殺すことに嫌気がさしただとか、仮面の奥をどうしても見られたくないだとか、そんなことはどうでもいいの」
それよりも、あんたは悔しくないの?
「殺すことしか存在する価値を用意されなくて、歯向かうための知能も奪ったあいつらに復讐したいとは思わないの?」
「あんたに殺された人たち...死者だって、胸糞悪い話は嫌いだと思う。どうせならあんたが生きて、そして安全な場所でほくそ笑んでる奴らを片っ端から殺していった方がスッキリするはずよ」
「だからこんなとこで死なないで。私をこんなところに閉じ込めた奴らも、さっきの吐き気を催すくらい気持ち悪い従者も、みんなまとめて殺してよ」
...もうすぐ死ぬ私に、最後ぐらい胸のすくような思いをさせて...。
そうして一日が終わる。
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