3. 悪夢
『誰ですか? あなたは』
人形に針を刺しながら女はそう言う。俺の肩からは痛みと共に血が流れ、力が入らなくなっていた。
『オレ? 俺はね、 /って言うんだ』
その名前を聞いた時、女は初めて笑顔以外の顔を作った気がした。
心から目の前の愉悦を楽しむそれとは違って、今は眼前に立つ男に警戒の念を抱いてるように見える。
『異能狩り』、ですか...。
『神の玩具のくせして、結構生を楽しむんですね。私には全く理解できない感情です...そんな抑圧された世界で生きてくなんて』
そう?
『神の玩具も悪くないよ? 色々と好き勝手出来るし、女の子ともイチャイチャできるし...。どう? キミもなってみたら?』
そして /はこちらを向き、ニコニコ笑いながら手を振る。
『や、エドガーさん。国王の戴冠式以来かな? ちょっとヤバそうだったから助けに来たよ』
奴のことだ、どうせこうなる未来が見えていたに違いない。こうやって俺を助けることで借りを作る魂胆だろう。何も考えてないように見えて、結構打算的な奴だ。
『お前に助けられるなんて恥でしかないが...今は恥よりも命の方が惜しい、すまないが助けてくれ』
コイツは必ず勝つ。だから安心していいだろう。
それはこの男を間近で見たことがある俺だから言える。あの理不尽に対抗できる者などこの世界にはいない。
『だいぶ信頼してもらってるのは嬉しいけど、一筋縄ではいかなそうだね』
『あの別嬪さん、『阻害』持ってるよ。全く心が読めないし未来も見えない。それに『契約』と『疎通』、『呪い』も持ってる』
『すごいな。俺以外に何個も力持ってる人初めて見たかも』
その驚きを他所に、女は近くにあった大きな革袋に手を入れる。
『異能狩りの噂が本当なら、おそらく私に勝ち目はないでしょう』
『だから今が、コレの使い時というわけですね』
そして女が袋から取り出したのは、何かの容器に入っている人間の脳だった。それは謎の溶液に浸され、今も活動してるように見える。
『これは私が集めた転移者の脳、158個あるうちの一つです』
『これ以外の脳は全国各地にある私の隠れ家で保存されています。この脳の持ち主たちはみんな優しくて、今も私に協力してくれてるんですよ?』
...言葉が出なかった。
この世界で魔王や魔物よりも恐れられた魔女、その呼び名で忌み嫌われた唯一の存在が彼女だ。そして、魔女と呼ばれてる理由がまさしくこれだった。
残虐で、無慈悲。
死に方すら選ばせてもらえない理不尽の塊、それが彼女だった。
『異能狩り、あなたは今ここで殺しておこうと思います。あなたを生かせばまたきっとどこかで私の邪魔をする、私の等身大の娯楽を』
そして彼女は再び口を開く。
しかし俺は、彼女の口から発せられる言葉を理解したくない衝動に駆られた。
『悪魔、私の集めた158個の脳を捧げます。だから目の前の二人を殺して』
それは、二つの巨大な左手だった。
出鱈目な向きで手のひらを合わせてる感じ、とても不気味な光景。
そして合わさっていたそれが開かれると、中から何かが出てくる。
ナニカ、本当にそれは形容できない何かだった。
あぁ! なんだコレは!
『...面白くなってきた』
...どこまで人間の名誉を折れば気が済むのだろう、そんな姿だった。
体は全て人間のパーツでできており、そのどれもが尊厳すら感じさせない醜悪なものだ。
胴体の部分には顔を弄られたであろう二人の人間が腹を繋がれて抱き合っている。足の部分には土下座をしているような、うなだれているような人間の姿も見える。
見るに堪えない、まさに悪魔。
この世の醜悪全て詰めたような存在が、目の前に立っていた。
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