あの子と僕の物語

夜凪ナギ

あの子と僕の物語

 僕があの子のことを気になり始めたのは、いつからだろうか。

 学校にいると、いつもあの子を探している自分がいる。

 廊下でも、校庭でも、教室でも・・・


 その子は僕とは違うクラスで、教室の階も違う。

 部活も違えば帰り道の方向も違う。

 おおよそ思いつく接点は、同じ学校という点だけだ。


 太陽がカンカンに照り、トンボが飛び回る日の体育祭。

 向かい側の列で、ほんの一瞬、目が合っただけ。

 あの一瞬がなければ、僕はこんなに苦い思いをしなくてよかったのに。


 廊下ですれ違えば目をそらし、他の男子といるところを見ればモヤモヤする。

 たまに目が合った時は、一日中ハッピーでいる。

 そして、あの子と付き合っている自分を想像する。


 高校三年の冬、進路に向けて追い込む時期。

 僕は大した夢もなく、それなりの大学に進学するつもりだった。

 あの子は卒業後どこに行って、将来何になり、どんな人生を過ごすんだろう。


 ある日、小論文の補習で数人の生徒が集められた。

 そこにはあの子もいた。

 その日初めて、あの子の名前は川辺望結ということを知った。

 それだけで、彼女のすべてを知ったような気持ちになった。


 時間だけは容赦なく過ぎてゆき、ついに卒業の日が来てしまった。

 胸に赤い花をつけ、卒業証書を片手に最後の学校を楽しむ生徒たち。

 部活の後輩と話したり、校門で写真を撮ったり、泣いたり笑ったり。

 これからもたまには遊ぼうぜと、肩をたたいて言う友達。

 そうだなと答えて、昇降口の階段に二人で座り込む。

 お前、あの大学受かったんだよな?

 ああ、受かったよ。

 そんな他愛もない会話も、今では輝いて感じる。

 あの子はどこにいるんだろう。

 

 校庭で多くの生徒が談笑し、写真を撮っている。

 隣に座っていた友人も、部活の後輩の女子に連れていかれ、向こうの方で話している。

 僕は舞い散る桜を眺めながら、色んな感情に浸る。

 卒業という喪失感や悲しみ、これからの新たな人生に対する期待、高揚。

 三年間もあったのに一度も声を掛けられなかった、後悔。

 ああ、僕は何をしていたんだろう。


 あの、すみません。

 空を見上げる僕に、誰かが声を掛けた。

 はい。

 一緒に写真・・撮りませんか?

 震えた声でそう言ったのは、あの子だった。

 その後の記憶はほとんどないけど、一秒一秒を過ごすのに必死だったのは覚えている。

 二人で小さな画面に並び、写真を撮った。

 あの子と交わしたコミュニケーションは、それが最初で最後。

 後から聞いた話だと、あの子は女優を目指していたらしく、専門に通いながらオーディションを受けていたそうだ。


 それから5年たった今。

 大学を卒業し、入社一年目。

 それなりに入った大学で、新たな友人と出会い、新たな夢も見つかった。

 今はその夢のために、毎朝スーツを着て、満員電車に乗り、理不尽に叱られる。

 厳しい社会の中で、時には胃に穴が開きそうなほどのストレスがかかることもある。 

 

 それでも僕は頑張れる。

 壁に貼った一枚の、もうボロボロになってしまった写真を見る。

 あの日、あの子と写真を撮った後に交わした約束。

 

 きっとあの子もどこかで同じように挑戦し、失敗し、苦しんでいる。

 だから僕は頑張れる。


 二人の物語を始めるために。

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