マイ・スウィート、プリンドリーム
第65話
夏休みも終わりに近づいてきたところで、今度俺を呼び出していたのは妖怪ではなく、ありがたい金ぴかの巨大なお身体で有名な大仏様だった。理由は至極簡単な一言である。
『――プリン食べたい』
そう言われて、俺がもはや仏様の極みのような表情になったのは想像に難くない。どんな仏師でも作り出せないほどの巧妙な悟りを開いた表情になっていた俺は、国宝ではなく世界遺産に登録されても良いくらいの雰囲気を醸し出していたに違いなかった。
それは寝る直前のことだった。そろそろ電気を消そうかと思ったところで、網戸の外から視線を感じてそちらを見たのだが何もいない。なんだろうと首をかしげたところで、突如頭の中に声が聞こえてきたのだが、その一言目が「プリン食べたい」というのだから仏様の威厳どこへ行ったである。
『……忙しいねん、夏休みだからって毎日参拝客が多すぎんねん。僕のこと心底慕ってくれる人もおるけど、中には信仰心もなしに、一円のお賽銭渋って大金当てようなんてお願い事もあんねんで、やってられへんの!』
「だからといって、一介の大学生に愚痴るのはどうかと思いますけど」
『じゃあ広目天さんとかに愚痴ればいいの?』
「なんで愚痴る相手を俺に聞くんだ!?」
俺はもう頭が痛くなってきてしまい、布団の上に文字通り大の字で寝そべった。すると瞼を開けると目の前に大仏様の顔が浮かび上がってくる錯覚に陥る。
なんの拷問なのだと思わずにはいられない。きっと僧侶だったらすぐさま正座するであろう俺は、一介の大学生にすぎないので、大の字のまま大仏様を見つめる。
『とにかく忙しいねん、甘いもの食べたい、プリン食べたい!』
「あーもーわかったから、買ってきますから! どこのプリンがいいんですか? コンビニかスーパー明日行くから」
『僕の顔が印刷されているプリン』
「はいいい?」
『だから、僕の尊い顔が印刷されているプリンがええの』
「……ああ、はい。わかりましたから」
『大和茶味な』
それに俺は半眼で睨み返す。負けじと大仏様もずずいと近寄ってくる。そして、限りなく小さなひそひそ声で伝えてきた。
『大和の地酒味も……』
「……お酒、いいんですか?」
『ああ、まあ、ちいっとばかしなら……内緒やで』
ふふふふと笑いながら、おっと帝釈天さん来はったわとおびえた様子で声を震わせた。帝釈天さんはどうやら怖いらしいというのだけはしっかりと伝わった。
俺は寝る前にこんなひと悶着をしたくないぞと思いながら、夜にきょきょきょと鳴くうるさいホトトギスの声を聞いていた。
『ほな飛鳥、頼んだで。大仏殿の中は入らんでええ。中門正面に行けば大丈夫や』
「……わかりました」
『このミッションクリアで、良いこと贈呈してあげるで!』
「どこのダンジョンのノリだ!」
俺は大仏様用に、三種類のプリンを購入するという謎のミッションを任されて、眠りについた。もはや妖怪だけでなく、神様たちもゆるくなってしまったようである。もしかするとのんびりとした鹿と共存している、古都に住んでいるのが原因の一つなのではないかと思われた。
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