こちら、河童お悩み相談所
第61話
生まれた時には隣町まで轟いたというあまりの可愛さ、奈良の奇跡か国宝かと言われたあの純粋無垢さは、おそらく鹿に蹴られてすっ飛んでいったものと思われる。
この俺の顔面偏差値は、特出して記述することが、もったいなく思われるほどであると、自分では自負している。しかし、妹と民子に言わせれば、俺の良いところは、この顔面だけだという。
その国宝級の顔面を、眼鏡ともさい髪の毛で隠すに至るのは、目立ちたくないのが一番の理由である。日本人は普通がいい。平均で充分なのだ。出る釘は打たれるのだから。
そんな至極真面目な青年である俺は、学校一の変人と噂される稀代の美少女、
そんな俺たちは結婚式どころか、まだつき合ってさえいないというのだからお笑いである。
しかし実際には水瀬の匂わせっぷりはすさまじく、俺はもはや実は女性の数多くがなるといわれているマリッジブルーにかかっているようである。
どうも不安にまとわりつかれて夜もうなされ、そして果物ナイフを見ると飛びあがって懼れるという、何とも可哀想な夏休みを送っている真っ最中だった。
すでに変人扱いされている俺は、さらに変人を極めつつあると家族からは大変不評であり、俺のブルーな原因を作っていると思われる水瀬においては、家族から大変好評であるという意味不明の現象が辻家で起こっていた。
断固としてまともなのは俺の方だと言いたいのだが、水瀬の顔面の皮の厚さは、おそらく脳まで皮膚が到達していると思われるほどの肉厚っぷりだ。全くもって、ナーイヴが具現化したような俺では、太刀打ちできないわけである。
もっとまともに恋愛と学生生活、きらめくキャンパスライフなるものを送りたいと願っているのだが、学校へ行けば男子からは目の敵にされ、女子からは変な目で見られる。俺の平穏が戻ってくることは、この鹿まみれの古都が首都になるくらいの確率で無いと言い切れた。
そんな九月、まだ恐ろしいくらいの暑さに盆地は干上がり、しかし家にいると邪魔だと言われかねないために、俺は涼しい場所を求めてうろつく。結局行く場所を見つけられずに、いつも行く浮見堂へと赴いた。
なぜか昔からこの場所が好きで、実家から歩いてちょうど良い距離感にあることや、ゆらゆらと揺らめく水面をぼうっと見ていると心が落ち着く。気が向くと、ふうらりと足を運んでしまう。
そこに河童がいるということに気がついたのは中学生の時だが、言い換えれば、河童との付き合いはかれこれ約十年ほどに渡るわけである。
恐ろしいことに、中学の時の知人友人は誰一人連絡先もわからず、顔も名前もうろ覚えだ。それなのに、河童とだけはこうして長い間つるんでいるということは、もはや俺も、妖怪か物の怪の類に分類されてしまうのではないか、ということだった。
まあそうなっても文句は言わない。人間という生き物は比較と差別が得意なわけで、人とちょっとでも違うと異端と言われる。
それに比べて妖怪は、見た目が違うのは当たり前、住んでいる場所が違うのも特性が違うのも当たり前の生き物同士だから、俺に対して特に何も偏見を持つことがない。それは、ある種、俺にとっては大きな救いになっていたのかもしれなかった。
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