第40話

「何なの、その首に巻いているのは? そんな趣味あったっけ? ファッションセンスの欠片もないあなたが、こじゃれようとしたって今さらどうにもならな……」


 俺は水瀬のお喋りな口を両手で塞ぎ、そして辺りをきょろきょろと見まわしてから彼女の腕を引っ張って、あっという間に〈妖研〉まで連れ去った。


 まるで拉致されたかの如くに、喚きたてて騒ぎまくる水瀬に「後で話すから!」となあなあな説明をしつつ、部室の扉を閉めておっさんのだみ声の悲鳴を聞いた。


 見れば、駆けだしたせいで後ろにたなびいていた一反木綿が、妖研の扉に見事に挟まれている。俺はもう面倒くさくてそれを引っ張る。


『おおおう、死ぬ、死ぬううう!』


「うるさい、死ぬもんか妖怪なんだから!」


 と言った瞬間に水瀬が俺に抱きついた……ように見せかけてストール型一反木綿を思い切り掴んで引っ張った。俺はそのまま、首を引っ張り締め上げられてしまって、おっさんのだみ声と共に俺まで「死ぬ、死ぬ!」と騒いだ。


「なになになになに! なんで、どうして、この白いのは妖怪なの!?」


「布の付喪神だよ、元は布だから水瀬にも見えるんだろ? っていうか放せ!」


 今まで見たこともないほどの喜びに、全身を震わせながら水瀬が飛びついてくる。その勢いに耐え切れずに俺が部室の入り口に倒れてしたたかに尻餅をつくと、まさしく馬乗りで美少女に襲われかけている図になってしまった。


 屏風からオネェの虎が『小娘が!』と飛びつこうとして見えない壁にびったーんと追突し、性懲りもなく伸びる。


 俺は頭を抱えながら、水瀬に落ち着くように言って、ストール型一反木綿を首から外して、脇に挟んでいた本を取り出す。


「これ、一反木綿。で、この本に二年も挟まって出れなかったらしいから、剥がすの手伝って」


 そう伝えたのだが、水瀬は一反木綿に感涙の涙を溜めてほおずりしており、人の話はどうやら一ミリも聞いていないどころか、俺の存在は空気と同じものだと認識しているようだった。


 美少女にすり寄られて、一反木綿の方は、照れながらでれでれとしているので、俺はもうどうでも良いとあきれた。ポットのお湯を沸かして湯気が出てくると、本のページをそこでふやかしながら、一反木綿の端っこをぺりぺりと剥がした。


 全て剥げ落ちると、ひらりと一反木綿が舞い上がった。水瀬には、布が風に舞って浮き上がったように見えているはずだった。


『おおおやっと自由や! 感謝するで、若者よ。お礼はいずれ』


「はいはい。お礼はいいから、どこへでも行って下さい」


 窓を開けると、ひらりとその隙間から白い布切れが舞って行く。水瀬は何とも寂しそうにしたのだが、一反木綿のためなら我慢すると、口を真一文字に引き結んで別れを無言で震えながら我慢していた。


 その水瀬の頭をポンポンと俺は優しく撫でた。もっとわがままに引っ張ってここに居るように言うかと思ったら、案外物分かりがいいようだった。


「で、なんで一反木綿がいたわけ? どこにいたわけ? なんで飛鳥が拾ったわけ?」


 ――前言撤回である。


 俺はこの後にこの水瀬の詰問に耐えないといけないらしい。妖怪には物分かりは良くても、人間の俺に対しては物分かりの良さは水瀬には備わっていないことを思い出した。


 面倒くさくなってはぐらかして帰ろうとしたのだが、水瀬がわあわあ言いながらくっついてきて、俺は結局耳を塞ぎながら帰宅した。


 その後、白い布を持って水瀬の前に現れると水瀬が喜ぶ顔をするので、「偽物だよ」と意地悪することを俺が覚えた。


 その度に、神様が憐れんでくれるほどの水瀬の口撃を受けることになったのだが、それはそれで面白い水瀬が見られるので、何やら楽しくて俺はちょっと意地悪な気持ちでニヤニヤしてしまうのであった。

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