夏は合宿、あやかしお宿

第11話

 〈妖研〉こと妖怪研究は、サークルと銘を打っているばかりで、活動内容は奈良町を、ただただひたすらに散歩するだけという活動内容である。むしろ水瀬みなせの方向音痴を修正するために歩いているだけと思えるような、観光客も真っ青な活動内容を謳歌している我がサークルであった。


 そんなある日のうだるような暑さの中、水瀬がとんでもないことを言い放ったのは、後期試験も終わりを告げ、やっと夏休みになるという時だった。


飛鳥あすか。サークル活動の夏といえば、あれよね? なんだかわかっている?」


 水瀬目当ての、鼻の下を伸ばした連中を入り口前に待たせておきつつ、水瀬が仁王立ちして俺に言った。さっさと入り口のゴミか万年発情期の鹿が分からない奴らを片付けろと言い返していると、水瀬は忠告を無視してふふんと得意げに鼻を鳴らした。


「知りません。お手上げです」


「少しは頭使いなさいよ」


 大変に大きなお世話である。いつも使いすぎている我が愛おしき脳を、たまには休ませたところで一休僧正も文句を言うまい。


「合宿よ、合宿! 夏のサークルと言えば合宿に決まってるじゃないの!」


「はああ? 言っておくけど、俺は行かないからな」


「莫迦言ってんじゃないわよ。飛鳥が来なかったらサークルの合宿にならないじゃない。もう決めたから」


 俺が冗談じゃないと言おうとするより早く、入口の盛った鹿の如き男どもに水瀬は「あなたたちとは死んでも行かないからね!」ととどめの一言でまき散らしていた。


「嫌がってる俺とは行くのかよ。あいつらならノリノリでついてくるし、世話してくれると言うのに……」


「私は飛鳥と行きたいの」


「妖怪が見える奴と行きたい、の間違いだろ」


 水瀬は迷うことなく頷いた。この野郎、である。少しはお義理のおの字でもいいから可愛く弁解したら、まあついていってもやらないと思ったのだが、行かないぞと心に固く決めた瞬間であった。


 断ると言おうと口を開きかけた俺の目の前に、水瀬の携帯電話が突きつけられる。


「無駄よ。飛鳥が嫌がるのなんてお見通しなんだから。もう宿予約したからね。宿泊費はサークル費から出すけども、キャンセル料は自腹よ」


「なっ……」


「わかった? ちなみに明後日だから準備しておきなさいよ」


「パワハラだ、訴えてやる」


「教授の許可はとってあるからね」


 あまりの抜かりのなさに、俺の口はポカーンと開いたまま閉じるという機能を忘れてしまい、暫く灼熱の太陽に照らされたパソコンのようにフリーズしたのは言うまでもない。


 最上級のパワハラを魅せつけつつ、なんとも嬉しそうに笑いながら合宿の話をしている脇を抜けて帰路へと着こうとした。しかし、さすがは水瀬、俺の行動を読んでいたらしく合宿のしおりを突き付けて、五回読んだら帰宅許可と訳の分からないこと言い始めた。


 逆らうのも面倒なので、そのプリントに目を通してガックシと肩を落としたのは、なんと奈良町の古民家が合宿先だったからだ。いつも行ってる近くの場所である上に、実家からもほど近い。もはや脱力したきり、俺のやる気が復活することは無いように思えた。

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