第12話

 何が楽しくて学校一の美少女と二人きりで夏合宿などしなければならないのだ。それも、毎週末に二人で出かけている近辺、そしてそれは俺の実家から数キロ圏内という、面白くもなんともない合宿である。


 さらに言えば、学校中の悩めるお年頃の男子諸君から目の敵にされ、ほんのちょっとでも水瀬に触れてみろよ、再起不能にしてやるぞと言わんばかりの熱烈な悪意と憎悪のこもった視線を向けられつつの毎日を潜り抜けた、負傷兵のような我が肉体と魂に休まる時間さえ与えられないというすさまじさ。


「……これじゃ、休まる暇がない」


「なんか言った?」


 いや何も、と答えて、俺は帰路へとついて、観念したのだった。


 合宿当日、少ない荷物を持ち、いつもの行基さん像前に集合した俺は、ついつい行基さんの像に、どうぞこの合宿が終われば平穏な夏休みが清らかなる我が身の元に訪れますようにと、熱心にお祈りを捧げてしまっていた。


 水瀬がやって来るのを見ると、俺は盛大にため息を吐いてしまい、帰りたい休みたいと口をついて願望が出てきてしまったのは、致し方ないことである。


「飛鳥、何か言った?」


「いや、なんでもない」


「いつもそのお粗末な脳みそは休んでいるんだから、少しくらいはいいでしょ?」


「聞こえていたのか、地獄耳。そしてお粗末とは失敬な。これでも学年トップの部類だ」


「残念だけどオールトップは私よ、万年三位君」


 腹が立ちすぎて怒りが脱力に変わった。元々俺は公園にたむろする鹿のごとく穏やかであり、ハトにさえビビるほど臆病で、なによりも温厚な性質なのだ。角は生えていないけれど。


「じゃあ行くわよ!」


「そっちじゃない! こっちだ。もう、どうして俺が水瀬のお守なんかしなくちゃ……あああ、もう最悪だ」


「いいじゃないの。学校の皆は私と一緒に過ごしたそうだったけど、全部断ったのよ。それもこれも、飛鳥と一緒にいたいからで……」


「俺とじゃなくて、妖怪が見える奴な! まったく、一万歩譲って彼女だったらまだしも、何故に水瀬雪などという変態妖怪オタクと夏休みを過ごさなければならんのだ!」


「あら、じゃあ彼女でいいわよ。サークル活動期間中だけね」


「いらんわそんな彼女!」


 俺の大きな声にビックリした鹿が、お尻の毛をぶわっと逆立ててぴょーんと逃げて行く。逃げたいのは俺の方だと、怨念のこもった目で逃げた鹿を見つめたのだが、戻ってくることは無かった。戻ってきたら鹿鍋にでもしてやろうかと思ったのだが残念である。


 まるで漫才のコンビのように素晴らしくテンポとキレのあるやり取りをかわしながら、その内容は聞くに忍びない内容なので記しはしないが、そうしているうちに本日の合宿先である、古民家に到着した。


 さすが古都というだけあって、趣のある昔の家を改築して、中を全面リフォームし、そして宿泊施設へと変貌をさせたのだが、あまりのきれいさに一瞬心が躍ってしまったのは秘密である。


「……っていうか、別に合宿するならここじゃなくてもいいじゃないか」


 そう言った俺を、まるでミジンコか赤虫でも見るかのような目で見つめてきた。


「飛鳥って脳みそミジンコだったっけ? ミジンコに失礼ね。ここは今話題なのよ、座敷童が出るって。そうじゃなきゃ何で飛鳥と合宿なんかするわけ?」


「やっと本性出したなこの妖怪ギークめ」


 いいから入りましょう、と言ってサクサクと中に入ってしまう。俺はミジンコだと称された脳みそでもう何もかも考えるのをやめて、水瀬の後へとついて行った。

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