告白されると人が死ぬ
春嵐
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告白されると人が死ぬ。
告白した人間が、死ぬ。
正確には、死ぬというか、昏睡状態になる。そして目覚めない。たぶん、ずっと。
最初は、幼稚園のとき。年少。
「にたかちゃん。ぼくね、にたかちゃんのこと、すき」
そう言った年長組の猿山のボス的存在が、死んだ。
園外では親御さんたちに説明会が開かれて幼稚園の方針に間違いはなかったことと突然の昏睡状態は園とは関係ないことの二点が、早口で説明されまくった。
そして園内では猿山のボスの消滅により勢力図が激変し、新たなる派閥抗争と泥沼の内戦が行われることとなった。私は園長室に入り浸ることでなんとか抗争から逃げ、その後は誰にも告白されずに済んだ。
小学校と中学校。物心がついた私は、誰からも告白されないように、誰とも喋らなかった。黙々と勉強をするだけの生活。
それでも、かなりの数、告白された。絡んでくるんじゃねえよ死にてえのかって思ったけど、本当に死んだ。いや昏睡状態だけど。
高校に上がったとき、私は、高校デビューなるものを派手にやった。
喋らなくても告白されるし人は死ぬ。だったら、喋り倒して告白されないようにすればいい。
中学校以降わけのわからん闇の力に目覚めたりする連中が現れるので、なるべく極端な行動は避けた。どうみても、告白されると人が死ぬのは闇の力だろ。まじで。
私の見つけ出した回答はひとつ。
とにかく明るく。
喋り倒す。うるさくならないギリギリを攻める。うるさくなりすぎると幼稚園のような抗争を生んだりしかねないので、うざがられないように、なおかつ、恋愛対象に入らないようにコメディ化する。
「でね。そのアオダイショウに向かって私は雑草をこう、抜いて、立ち向かったわけよ」
クラス。笑い声。
「せめてこう、少しでも間合いをとらないとと思ったら今度はね、バッタがこう、目の前を、ばたばたっと。わかるかな。バッタって跳んだあと羽で羽ばたいて距離をとるんだけど」
これは、このまえ河原を歩いていたときに野生の蛇に出会ったときのはなし。掴みは上々。
先生いつ来るかなあ。
「で、そこを、これだ、と思って蹴飛ばしたら」
そこまで言って、扉が開く音。
「はいここまでになります。先生。授業をどうぞ」
先生にあとを譲る。そこそこの拍手。
「っし」
良いコメディだった。
「たのしかったね?」
「まあな。これぐらいはできねえと」
「本当に起こったこと?」
「ネタ探しは、まじ、なので」
「まじ、なんですね」
隣の席の子。
彼だけが、私の、救い。
高校も中盤に差し掛かってきて、いよいよ胸が大きくなりはじめた。そのまま放置しておくと告白される危険性が高まるので、いつも
体育の授業のとき、耐えられなくなって晒がはちきれた。トイレに行くと先生にことわって、近場の美術室で全力を使って晒を巻き直していた(トイレの個室ではスペースが狭すぎて巻くときにフルパワーを出せない)とき、彼に見つかった。
胸を見られたわけではないけど、肌露出が多めの身体を見られたので、死んだと思った。
でも彼は、死なず、僕に手伝えることはあるかと聞いてきてくれた。それで、晒の端を持ってもらって、ぎちぎちに巻き直した。それからの関係。
彼は、もしかしたら、私に気がないのかもしれない。弱々しげに優しく笑う彼のことが、私は好きだった。
人から告白されて死ぬのを何十回と見てきた。だから、自分が人を好きになって、告白したりするのは、許されないと、思う。多くの人の犠牲の上に、私の人生は成り立っている。
授業を、なんとなく、受ける。
頭が良くなかったので、名門女子高とかには入れなかった。普通の男女共学高校。そもそも、告白してくる人間に男女の差はない。だいたい半々。そしてみんな死ぬ。
「にたかちゃん。起きて」
「んあっ」
やべえ寝てた。
「
「五時間目。次、体育だよ」
「やべっ」
「晒、大丈夫?」
制服をさわって確認する。
「行ける行ける。大丈夫。ありがと」
美術室に移動して、着替えた。この高校の美術室はとにかく人が少ない。美術部もないし、美術の授業は教室で行われる。
それなのに、美術室はいつも綺麗なので、ゆうれいがいるんじゃないかという噂が立っていた。実際は、私と沫柯がいるだけなんだけども。きったねえ部屋で着替えたくなかったので掃除をしたのも私と沫柯。
体育をなんなくこなした。頭が良くないぶん、体力も運動神経もある。ただ、人よりも運動ができるとそれだけで告白されて人が死ぬので、平均ギリギリを攻めていた。
沫柯は、体育を受けない。弱々しげな雰囲気を出しているけど、沫柯の力は強い。晒も、ぎっちり巻ける。それでも体育を受けないのは、何か特別な理由があるからなのかもしれない。ここの高校を選んだのも、体育の代わりに保健の授業で替えが利くからだと言っていた。
「体育、おつかれさま」
「おう」
美術室。彼は、体育の授業の間、ここにいる。
頭が良いらしくて、すでに保健のテストも終わらせて高校単位としては認定されているらしかった。
「着替える。晒の換えをくれ」
「はい。どうぞ」
晒をハサミで切り落として、胸の周りの汗を拭って。
「背中の汗を拭ってくれ」
「はいはい」
沫柯。背中を拭ってくれる。
「気持ちええなあ」
「そうですか」
彼。私の肌を見ても、何も思わないのだろうか。
「よし。巻くぞ。あと一時間分だから、緩めに」
「はいはい」
晒を少し緩めに巻いて、着替える。
「よし完成。いくぞ沫柯。授業じゃ」
「うん」
沫柯。守ってあげたくなるような、やさしい笑顔。
その日の授業も滞りなく終わり。帰宅時間。
沫柯とは帰る方向が同じだったので、一緒に帰っている。出刃亀が湧かないように、お互い違う時間に学校を出て、近くの公園で合流する。
公園では、ベンチに座ってぼうっとしてた。中学生のとき。ここで座ってたら見知らぬ女の子に「すきです」って告白されたっけ。その子も死んだ。それ以降、ここはのろわれた公園と呼ばれていて、子供は来ない。
「おうい」
「来たわね」
沫柯。ゆっくりゆっくり、歩いてくる。
「ネタ探し見に行きたいって行ってたよね?」
「うん。楽しそうに話すもんだから、気になって」
「じゃ、行きましょ」
学校外では、別にコメディタッチの話法をする必要はなかった。これでも、いたって普通の女子高生の、つもり。
沫柯の手を握って歩く。
好きだからというのもあるが、単純に、はぐれないため。彼はゆっくりゆっくり歩くので、気付いたらいないというのが、よくあった。
「今日はここです」
「病院?」
「うん。お見舞いです」
「誰の?」
「死んだやつらの」
「そんなこともしてるんだ」
「もうしわけなくてね。私を好きになったばっかりに、死んでしまうなんて」
「やさしいんだね」
「やさしかったら人を死なせたりはしないよ。私はやさしくない」
そう。沫柯のようには生きられない。これからも私は、人を死なせながら生きる。なんとも、不条理なことに。
「この病院には、昏睡科という科があります」
「知ってる。僕の家族も、昏睡でここにいるんだ」
「えっ」
「あっ、そんなにひどい昏睡じゃないんだよ。気にしないで」
「そっか。なんか、ごめん」
「ううん。寝てはいるけどね、とってもぐっすり、楽しそうに寝てるんだ。だから、あんまり僕は気にしてない。きっと良い夢を見てると、思うから」
「やさしいんだね、沫柯は」
「君こそ。こうやってお見舞いに」
「ネタ探しですわよ」
「ん?」
「はい着きました。昏睡科。ここのベッドの、ここから、向こうまで。全部私に告白して死んだ人」
「すごい量だね?」
「ここにスタンバイします」
昏睡科の入り口。ロビーになっていて、自販機で色々買える。
「沫柯、自販機でたこ焼きと飲み物をおねがい」
「うん」
沫柯が自販機の前に立って。困惑する。
「おかねを入れるところがない」
「そう。無料です」
「うそ」
「昏睡科のかたに限り無料です。これはひみつ」
「そうなんだ。えいっ」
「ボタン押すのに気合い入れる必要あんの?」
「はい。飲み物と、たこ焼き」
「ありがとう」
開けて食べながら、待つ。
「あっごめん。あげる」
ひとつ刺して、彼の口に運ぶ。
「ありがとう。あつっ。あっつい」
「美味しいでしょ?」
「うん」
遺族のかたが来られた。
立ち上がって、おじぎ。沫柯も、それにならう。
「あのひとたちは?」
「遺族です。私に告白して死ぬと、どこからか昏睡年金なるものが払われます」
「そう、なんだ」
「たぶんね、神様か何かが手を回してるんだろうね。かわいそうだからって」
「そっか」
「本当に、もうしわけないよ。そしてたこ焼きが美味しい」
「うん」
遺族が、談笑しながら出てくる。ロビーに座って、雑談が始まる。ひととおり喋って、遺族は帰っていった。
「で、いま喋った内容をメモしまして」
「はいはい」
「これをネタとします」
「すごいコミュニケーション力」
「まあね。生きていくためには、これぐらいやらないと」
「誰かを死なせずに、生きていくために?」
「うん。まあ」
「やさしいん、だね」
「やさしくないよ。本当なら、私が死ぬべきなんだ」
つい、本音を口にしてしまっている。沫柯の前だと、安心するから。
「私が死ねば、たぶん昏睡して死んでる人たちも復活すると思うし、これから死ぬ人も出なくなる。でもね、私、いじきたないから、まだ、生きてるの」
「そんなことはないよっ」
「うわっびっくりしたっ」
沫柯の大きな声。初めて聞いた。
「ごめん。大きな声出して」
「何人か復活しそうな勢いの声だったわね」
「君が死ぬのは、違うと、思う」
「そんなことないよ。私が全ての原因なんだから。死のう死のうって、いつも思ってる。でも死にきれないから、ネタが貯まるの。今日の蛇の話だって、もし毒蛇だったら噛まれたら死ねるかなって思ってたんだし」
「そんな、そんなかなしいことが」
「かなしくなんかないよ?」
普通のことだし。
扉が開く。
「あ、次のかたがきた」
「あ」
「あら。沫柯。あなたもお見舞い?」
「母さん」
「母さん?」
もしかして。
「隣のかたは?」
「紹介するね。彼女は」
「いえ。なんでもありません。私はこれで」
その場から走って立ち去った。エスカレーターを駆け降りる。
最初に気付くべきだった。
彼も、昏睡した家族がいるって。言ってた。
私が。死なせたんじゃないのか。
私のせいで。
沫柯の人生を歪めてしまったのかも、しれない。
「待って。待ってよ」
肩を触られる。
「えっ」
「おねがいだから。待って」
沫柯。追いついてきていた。
「脚。速かったのね?」
「あ、ああ。ごめん。隠してて」
「いや。別にいいの」
彼のことを勝手に好きになって。彼は死なずに私の隣にいてくれる人かもしれないって。思ってしまった。
そんなことは、ないのに。
「ごめんね。私のせいで」
「にたかちゃんのせいじゃないよ。それに、僕の兄さんは、その、まあ、恵まれてるほう、だったから。僕とは違って」
「あなたのお兄さんを、私は死なせた」
「兄さんは勝手に死んだんだよ。今日も、幸せそうに眠ってるよ」
「それでも。私は」
「僕はね。違うんだ」
違う。
「そっか。お兄さんの、ふくしゅうしに来たのね」
手をぶらぶらさせて、武器を持っていないことをアピールする。
「どうぞ。お好きなようにふくしゅうしてください」
沫柯が。
私を。
抱きしめる。
「そんな悲しいこと、言わないでよ」
「やめて。離れて」
抵抗した。
これ以上は、いけない。
「だめ。何をしてもいいから、それだけは。それだけはしないで。おねがい」
「僕も。好きだったんだ。君のことが」
「ああ」
やめて。
どうか。
神様。
彼の力が、抜けていく。
せいいっぱい支えようとしたけど、無理だった、倒れる。
彼。
死んだのか。
告白されると人が死ぬ。
どんなに好きでも。両想いでも。
告白した人間が死ぬ。
病院のロビー。
もう、何も、考えられない。
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