第28話 終幕。

 捻くれていた俺だが、それでも少しは真っ当な日常を送っていると思った。そう……中学1年の冬頃までは。


 あの一件こそ人生の分岐点だった。

 それまでの俺は、『最強の異能者』とやらを求める大人達の思うがままに流されていた。過去の失敗から有りもしない理想を求めた先で、俺のような歪な異能者が誕生してしまった。


 妹はそんな俺の運命を変えたかったのだろう。俺よりも俺を理解して、それを壊す方法に魔獣サイドを利用した『もう1人の葵』。


 違和感に気付いた凪は、そんな葵と俺がぶつかり合うのを阻止したかったようだ。妹に甘い兄も利用して彼女なりに打開しようとしたのだ。


 悪夢を知っていた英次もそうだ。一般人の武だって……みんな俺が振り回した。


 けど、だからこそ今の俺がいる。

 今回の件がなかったら多分俺はまだ歪なままだった。


 あ、いや、決してまともになったとは思っていない。変人のつもりはないが、今でも普通の学生では……ないだろうなぁ。


 ただ、周囲の反応は明らかに変わっていた。

 いや、武曰く俺が変わったからだと言っていたが、自覚があまりないから自信が持てない。凪はどこか楽しそうで英次は見物気分の様子である。



 そして妹は……

 俺と同様、あの日から変わった気がした。





『ギィアアアア!』

『シュゥゥゥゥ!』

『ガルルルルッ!』


「はぁはぁ……! 【黒夜】っ」


 骨まで冷たくなりそうな雪降る森の中、王が解き放った種類様々な魔獣ども……50体ほどに囲まれていた。


「来るならさっさと来い」

『『『―――ッ!!』』』


 しかし、臆するほど俺も繊細じゃない。異能を発動させると『威圧』を放ち、取り囲んでいる全方位の敵を睨み付けた。


「お前ら雑魚に構っている時間が惜しいんだ」


 周囲に味方なんていない。この異様な吹雪の所為で方角が掴めず、誰も深入りが出来ないのだ。途中、凪と他の人達の戦闘に一瞬参戦してすれ違ったが、あちらもだいぶキツそうだった。


 ……無理もないか。この吹雪、明らかに自然の現象とは違う。

 山を覆うような魔獣の瘴気。初めは山全体に散らばっている魔獣どもの気配だと思ってたが、そうじゃない。


「消えろッ!」


 群れの向かって飛び込んで、両手の剣を振るい切り刻む。動揺しているところを鋭く投げ付けて、新たに出した槍で突き刺す。……絡み付いて迫ってくる。


「鬱陶しい! 退けッ!」


 黒色の蹴りで飛ばして、振り返りざまに弓に形状を変化。弦を引いて放つと、無数の黒き矢が迫って来た獣型や鳥型の魔獣を撃ち抜く。感知技能をフルに活かして何度も何度も撃ち抜いて、面倒な場合は全方位へ黒き球を散弾銃のように放つ。


『ガァアアアア!!』

「邪魔だッ」


 大型のタイプはバカでかい剣か斧で狩りに行く。俺の異能は形こそ様々に形状変化出来るが、重さは感じない。物質的にはほぼゼロに近いものなのだ。手早く首を切り落とし、胴を真っ二つにしていくが。


 やはり数が数だ。いくら倒しても先が見えない。


「はぁ、はぁ……! 言っただろう! お前ら雑魚に用はないんだッ!」


 さらに迫ってくる大群に俺は大剣を変化。

 禍々しい黒き大鎌に変えると、肩に背負って人外どもを睨み付けた。



「退け。俺が一番殺したいのは―――先にいる!」



【ー始鎌シカマ黑鐘ノ死罪クロガネノシザイ



 横の大振りで生み出された黒き斬撃は、木類や岩肌を一切無視。

 ただ、獣どもを狩り尽くす為、眼前の敵を一掃する為の一撃が魔獣どもの視界を奪うと、一瞬にしてその命を狩り取っていった。





 ――そして俺は、遂に奴を見付ける。


 吹雪く雪の中、森の影から見えるのは小さな青白い光。

 それは奴の眼光だ。雪よりも冷たく無に近いそれは、以前遭遇したローブの魔獣に近いものを感じた。


 しかし、系統は別次元。

 炎、水、風、雷……この吹雪もそうだ。あらゆる属性を呼び出す権能。その所為で吹雪いているのに森が燃えている。


『王の権能』―――その名も【永久原素エレメント


『ソノ黒キ異物……我等王ト同種カ』

「【黒槍・破動】ッ!」

『甘イ』


 衝撃を加えた巨大な槍の一撃が炎と氷の壁に阻まれる。王を名乗るソイツは自然系統を自在に操る化け物。


『中々、面白イ』

「くそっ、この……」


 突如地面から吹き出した火柱。さらに尖った岩石を躱す為に距離を取ってしまった。


『我ガ配下ヲ始末シタ、ダケハアル』


 前方から吹雪の嵐と氷の嵐が俺を飲み込みに来る。巨大な障壁を展開して防いでみせたが、どれも込められている瘴気の量が異常過ぎる。僅か数秒で障壁が消滅してしまった。



「【ー始刀ー】……!」



 しかし、数秒でも稼げれば十分だ。

 瞬速で背後に回り込むと、槍から形状変化させた刀で居合の構えをしていた。



「【斬瞬一閃ザンシュンイッセン】ッ!!」



 早斬りの居合をお見舞いした。

 速度は通常の二倍以上。出せる回数に限りがあるし、肉体の反動がデカいからあまり使いたくない技だが。



『良イ太刀筋ダ』



 一瞬で奴を覆った無数の雷の鎖によって阻まれる。発動速度、察知能力も尋常ではないのか、ありえない反応レベルで対応してくる。


『反応モ悪クナイ』

「化け物め……!」


 悔しいが、まったく手が出せない。

 攻撃は全て元素系でランダム。しかも、予備動作はなく瘴気からも殆ど気配が読めない厄介な力だ。


 感知能力を全開にしても間に合わない。葵の異能で俺自身の処理機能が一時的に破壊された影響か、先読みして異能の演算処理を上げても追い付けない。


『サァ、次ハ、ドウスル?』

「はぁ、はぁッ……!!」


 いくら異能の源である『心力』が他より多くても、こうも連発だと消耗が激し過ぎる。次第に劣勢になる。

 本当に周囲に人がいなくて助かったが、チンタラしていたら他の異能者が駆け付けるし、騒ぎに気付いた街の人や衛生から調べてる他の機関にバレるのも時間の問題だった。


「いや……先のことを考えてたら、勝てる可能性すら見出せない!」


 特殊技法―――【異能術式カードアンサー】……起動。

 特殊技法―――【術式融合カードフュージョン】……起動。



「武装―――【死神シニガミ黑夜叉クロヤシャ】」



 全身が黒一色。

 片側に角の鬼の仮面。羽織付き鎧ような侍風の姿。 

 片方には鋭利な大きな鎌が1つ。もう片方には武器系で最も使い慣れた刃付きの槍。


『ホゥ? マダ、上ガアルカ』

「奥手ってやつだ。片をつけてやる」


 最上位身体技法【武神激闘】

 最上位感知技法【鷹の眼】


 今出せる集中力を極限まで高める。


「さぁ、終わらせてやるよ。……お前の命を」

『ヤッテミロ。出来ルモノナラ』


 こうして最後の戦いが始まった。





「はぁ、はぁ……」


 一般の人がが近寄らない荒れ果てた森の中。吹雪いている所為で積もった地面に、俺は埋まるようにして倒れ込んでいた。

 ボロボロの状態で全身血塗れだ。寒さ除けの防寒ジャケットも無残な状態な為、非常に寒く凍え死にそうだ。いや、その前に出血多量であの世に直行しそうだけどな。


「ゲホォ」


 頭の中で考え過ぎた所為か、軽く血を吐く。一応周囲を警戒するが、生き残っているの他にいない。


 途中加勢してきた雑魚は簡単に一掃出来た。吹雪が強過ぎて視界が潰れたが、向こうからも見えなくなっていたので寧ろ良かった。暗殺者のように背後から倒したり、まとめて倒して本命まで辿り着いた。


 しかし、問題はやはり本命の相手だった。

 それは俺も初めての経験であり、初めて死を覚悟した。


『サテ……勝者ヨ。貴様ハ、何ヲ望ム?』


 倒れ込んだ態勢のまま視線を前に。声のした方を視線を巡らせると、そこには唯一生き残っていた魔獣がいた。


 いや、正確には消え損ねた魔獣か。下半身は『夜ノ鎌』で斬られ、渾身の一撃だった『黒ノ槍』が腹を深く刺さっている。おかしなことだが本人も敗北を認めており、木を背もたれ代わりにして動かず、消えるのも時間の問題であった。……その前に俺の命が消えそうだけど。


『求レバ、何デモ叶ウゾ? 我ハ、王ナノダ』

「な、なるほ、ど……そうして、妹も利用した……か」


 倒して来た他の魔獣とは全く異なる存在。魔獣の世界は『王』と呼ばれる存在だ。

 世界の秘密を握っている。始まりの魔獣の1体でもあった。


 俺が知りたいことをコイツは間違いなく知ってる。


『サァ、何ヲ望ム?』

「……望みか」


 本当に叶えてくれるのか知らないが、……1つ思い付いたことがある。異能使いになった切っ掛け。パッと思い付いたのは現状の打開だった。


「たとえばこの世界に二度と魔獣が現れないようにするってことも?」

『可能』


 即答された。これには出血を無視して顔を上げて驚いてしまう。その所為でふらっと意識が揺らいだが、絶対に聞き逃せないと意識をハッキリさせようと眼力を強めた。


『タダシ……コノ世界ガ滅ビル可能性ガアルガ……ソレデモ構ワナイナラ』

「世界が、滅びるだと?」


 しかし、続けて告げられた内容を聞いて、熱くなった血が冷めていく。

 何かしらのリスクはあるとは予想していたが、まさか世界規模のリスクだと分かるや興奮していた息が静かになった。


『然リ、……訊キタイカ?』

「……」


 ハッキリ言って、いつ滅びてもおかしくない。

 だが、『王』は青い眼光をこちらに向けながら、俺が頷くとその理由を語り出す。俺も重傷であったが、気にせず黙ってその話に耳を傾けた。



『―――――』



 そして、その理由を聞いた俺が絶望したか、それとも後悔したかは、悪いが秘密とさせてもらう。


 最後に何を願ったかも含めて、この『王』との対話を俺は誰にも語ることはなかった。


 これが中学1年の冬に起きた血の戦い。同時に自分を見つめ直す切っ掛けとなる事件が同時に起きた時期であった。



 そうして寒々と血の匂いが染み込む雪の夜。

 


 俺の人生の転機となる大事件は、静かに幕を下ろしたのだった。

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