第23話 狙撃手。

「はぁはぁ……! ここからならいけるか?」


 学校を目指していた英次であったが、何を思ったか。

 あと1キロもないところで急停止したと思えば、スマホを操作。付近の高層ビルの一つを睨み付けながら電話をした。


「はいオレですっ! 急に抜け出してすみませんが、こっちも急いでるんです! 至急手配して欲しいのがあるんです……! を言いますから飛ばしてください!」




 ――そして約5分後。

 彼が睨み付けていたビルの屋上。バレないように合流した者の能力でここまで移動したのだ。


「どうです? 行けますか?」

「……座標が乱れる。能力阻害の『妨害ジャミング』が外側に掛けられてるようだ」


 空間系の異能――【転異テンイ】。

 あらかじめ座標を指定することで空間を移動出来る。零の父である泉心の能力。

 未来視と同等の世にも珍しい『』。零が引き継ぐ前までは間違いなくトップの異能の実力者であった。


 前回の王の出現を阻止する為に大半の心力を失ってしまったが、それでも能力は有能。大技に関しては制限があるが、こうした物の転移や自身の移動程度は問題なく行える筈だが……。


「君の言った通り、それを持って来て正解だったか。出来れば人混みのある場所での使用は控えてほしいところだが」

「オレの未来視が正常なら事態が発生中の屋上は関係ありません。零を含めた数人程度なら重ならなければ

「……その未来視、君も居たんじゃないのか? ヘタに変えるのは危険じゃないのか?」

「いや、既に未来視した光景とはかなり外れてると思います。オレが神社に忍び込んだ時点で……」


 心から受け取った鞄からバラバラになっている物を取り出す。

 手際良く組み立てると立てかけに上へ置く。固定して大体の角度を合わせての度合いの調整へ移る。


「変化が欲しかった。余計に悪化する可能性は当然ありましたが、あのまま成り行きに任せるのは危険過ぎると思ったんです」


 さっきまで必死に走っていたのをやめた理由もそれだ。間に合うか怪しいというのもあるが、 未来視したような光景を実現させない為でもある。


(まぁ、この体じゃどのみち間に合ったとしても足でまといは確実。ならいっそのことオレので加勢した方が良いかもしれない)


「英次君」


 そして、しばし黙っていた心が神妙な表情で切り出す。

 何を考え込んでいたか、手作業をしている英次でも理解した。何故なら事の顛末に関しては端折っているが、大体は伝え終えたからだ。


 神社の地下。忍び込んだ英次を襲った者。厳重に封印されていた鍵の箱を盗み出した者の正体。


 話さねば協力は難しいと英次は、自分を襲った者のことについても話していた。


「――本当に葵なのか? 正直信じ難いの一言しかないが」

「……正確には凪の姿に変装した葵ちゃん」

「もう1人……と?」


 準備を整えた『狙撃銃ライフル』を構えた英次は、スコープ越しに学校の屋上を覗き込む。壁となる建物もなく角度的に見える筈だが、距離的にまだ1キロほどある。


「明らかに別人ですよ、アレは。もしアレを素で隠していたなら……それはそれで厄介だけど」


 心力を操作。異能を使って視界を強化させる。


(感知技法――【心眼】発動)


 微調整を整えて標準も合わせていくと、屋上の光景が見えてきた。


「二重人格ということか?」

「多分、どういう経緯でそうなったかは不明ですが――っ!」


 そして視界に捉えた彼女と零。倒れている凪を見たことで事態が拙い方向に進んでいると瞬時に理解。幸いなことに死んでいるようではなさそうだが、倒れている凪に攻撃をしたのは間違いなく零であろう。


「かなり拙そう?」

「九条の方は無事みたいですが、零の奴まだ気付いてないのか?」


 いくらなんでも鈍過ぎないかと首を傾げるが、それも葵の策だとすれば……考えたくはないが納得してしまう。


 心力の気配や自身の異能で変装を見破った途端、凪の変装を解いた葵は照れたようで楽しそうな笑みを浮かべてナイフを振るってきた。情けないことに正体がハッキリして余計に取り乱していた英次は回避も間に合わず、呆気なくナイフをその身に受けて倒れてしまう。


 トドメを刺そうとすれば出来た筈だが、彼の血で赤く染まったナイフを指先で遊びながら、見下ろすように告げるだけに終わった。



『わたしが欲しいのはおにぃちゃんだけなの。魔獣側の狙いとか別世界の王とかも興味ないんだぁ』


『えいじおにぃちゃんは昔から勘がいいから面倒だねぇ。なぎおねぇちゃんは邪魔でしかないから、最後に絶対……』


『本音を言うと傷付けるのはわたしも望んでないの。だから〜〜邪魔はしないでほしいんだよねぇ?』




『じゃないと……ほんとうに殺しちゃうよ?』



「っ」


 不意に突き刺すような痛みが胸元に来る。本当なら

 傷の方は治っているが、あの時の衝撃が大き過ぎる所為か。それとも……


「――あ」

「どうした? 英次君?」


 今後夢に出そうでトラウマになりそうな負の記憶。つい思考が停止しそうでその所為か、どう援護すべきか忘れてただ眺めてしまっていた。


「しまった……!」


 完全に出遅れた。

 反省してもしれきない。

 記憶の回想で集中力が乱れて彼女が動き出したのに対し、反応が一切出来なかった。


「これは……本当に拙いぞ!?」

「――説明は無理かっ。状況はどうなっている英次君!」

「せ、説明たって……」


 彼が呆けている間に事態が急展開を迎えた。

 同じく呆然としていた零が妹の葵の奇襲を受けて、腹にナイフが突き刺さった直後であった。


「クソが!」


 あの時と同じかそれ以上の楽しそうな笑顔を浮かべる葵の姿に背筋どころか脳までが凍りつきそうになる。


(間違いない入れ替わってやがるっ! スコープ越しで見てたのに全く分からなかった!)


 だが、躊躇わず突き刺したナイフを引き抜いて、切り口から噴き出した彼の血を浴びて火照っている彼女を見れば、本気でヤバいと固まっている場合ではないと、無理やり意識を覚醒させた。



「――【異能術式カードアンサー】起動! 【時間戻しタイムマジック】……装填完了っ!!」



 素早く銃弾を装填させながら能力を込める。

 特殊な術式であるが、後先考えず集中力を急激に引き上げたことで、時間を掛ける作業も一瞬で完了した。


「っ! !?」


 彼が何をするのか察した心が驚いたように目を見開て口にする。決して邪魔しようなどとして口にした訳ではないが、英次の能力を知っている為、咄嗟に口に出てしまった。


「じゃないと零が危ない! 異能の発動も間に合ってないようだ!」


 そして狙いを合わせた直後には、引き金にも指を掛けていた。

 もう迷いなどない様子で、自分の腕と彼を信じて英次は放つ。



「頼む零! 彼女を止められるのはお前しかいなんだっ!」


 

 銃口から淡く緑色の光の弾丸が発射された。

 流れ星のように一直線に学校の方へ伸びる。学校周囲を妙なジャミングが張ってあるようだが、英次の弾丸が関係ないかのように、倒れそうになる彼の元へ飛来した。


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