第7話 幼女。

 いつからだったか、みんなと一緒に居ても何も感心が持てなくなったのは……。

 朝の通学路、会話を楽しんでいる面々を見てふと思ったが、抜け落ちた感情の1つだったか。疑問となって微かに脳裏に過ったが、すぐに霧にように消失する。


 もしかしたら毎朝感じる疑問でもあったかもしれないが、思考の外へと消え去ったそれを俺は無意識の中で


「あの、なぎおねぇちゃん、わたしあっちだから……」

「気をつけてね、葵ちゃん」

「うん……おにぃちゃん、行って来ます」


 俺に対し俯いていた葵が顔を上げる。弱々しくではあるが、何か求めるかのような瞳をしていたが……。


「ああ」

「……」


 何か諦めたかのように俯いてしまう。とぼとぼと途中で分かれると、先で待っている同級生たちと合流する。そのまま小学校がある方へ歩いて行った。





「こらっ! 泉よ!」

「なんだロリッ子」


 とくに遅刻せず、学校の教室に到着したかと思えば、いきなり幼女に絡まれた。いや、幼女は失礼か、小学生がちょうど良い。


「誰がロリッ子じゃ! ワシにはな黒河くろかわ美希みきという親に付けられた素晴らしい名があると…………ってロリじゃと!? 朝から失敬じゃぞ貴様っ!」


 と、朝から無駄にテンション高いのはクラスメイトの黒河である。黒髪でロリのじゃとはなんて高スペックなんだと、英次の奴は感心していたが、俺にとってこいつと接点を持ったことが最大の問題だったと後悔している。


「朝から絡んでくるなよ。こっちは寒くてテンションが低いんだ」

「いつも低いではないか! それに元はと言えば貴様が原因じゃろうが! 昨日は勝負じゃと言ったのに早々に帰りおって!」


 ――勝負。つまりこいつの遊び相手になったのが失敗だった。

 本人は気に入らんからと勝負事に持ち込んでくるが、正直わがままな子供の遊び相手になっている気分である。いったい俺の何が気に入らないのか知らないが、同じクラスになってからずっと噛み付いて来ていた。


 で、昨日勝負と言っているが、ハッキリ言って覚えていない。

 授業を除けば基本どうでもいい学校生活だ。しかも、一方的に言いたいことだけ告げてくる黒河の話など、仮に耳に入ってもすぐにすり抜けてしまうだけ。満足そうに言い終えた時には、俺も聞き返そうとは考えず放置したに違いない。


「え、あー、それな……?」


 だから不意で訊いてくるのは勘弁してほしかった。

 さらに憤慨した様子の黒河に圧倒されて言葉を濁していると……。


「何が――あーじゃ!!」


 つい、そんなのあったか? なんて顔をしたのがマズかった。自身のスカートを一切気にしない蹴り上げが繰り出されたが……。




「悪いとは思うが、蹴りはないだろう?」

「ク……!」




 そっと手のひらで上がりかけた太腿をスカート越しで押さえる。小柄な女子とは思えない勢いのある蹴りは、やはり家が武道の家系だからだろう。学校では剣道部と聞いたが、肉弾戦も心得があるようだ。


 しかし、こんなところで披露されても困るだけ。……特にを集める行為でしかなかった。


「危ないだけだから、控えろって言っただろう?」

「余裕のクセに何を言っておるか……」

「いや、俺じゃなくてお前の方なんだが……」


 間近で顔を合わせていたが、そこで俺が顔ごと視線を逸らす。不意の行動に黒河は首を傾げていたが……。


「む? どこを見て……」

『『――サッ』』

「…………」


 視線を追うように彼女も視線を移した途端、視線ごと下げていた一斉に首を逸らす。本能に正直でスカートがふんわりと膨れた途端、俊敏な動きで見せて、引き際も息の合った見事なシンクロであった。


 しかし、悲しい話であるが、視線を移した彼女の方が僅かに早かった。


「き、キサマらァ……!!」

『『ヒっーー!?』』


 彼女の背後で鬼の姿が幻視した気がした。 

 瞬間、なんとも情けない男達の悲鳴が教室内に響いたが、アホな反応を見せた男子達に慈悲などないのか、女子達からの反応は無であった。



「本当に騒がしい奴らだ」

「いや、お前なんでそんな落ち着いてんだよ。すぐそこでエグい光景が発生してんのに」


 そして、怒りと羞恥で真っ赤に染まったロリのターゲットが他に移ったところで、俺は自分の席に着いていた。惨状を見て青ざめた武が何か言っていた。

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