エッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニ

かぎろ

エッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニ

 ダーガレヴィア帝国の都に聳える魔王城。

 月の光さす玉座の間にて、魔王の配下たる四天王がうやうやしく頭を垂れていた。


 獣人族ワービースト、〝火迅のアドラ〟

 飛竜族ワイバーン、〝水葬のルス〟

 森精族エルフ、〝風艶のシューロ〟

 機巧族メカニズマ、〝雷滅のマガン〟


 勇者さえも退けた屈強なる戦士四名――――

 しかし彼らが束になっても敵わぬ、最強の魔神族の少女がいる。


 それこそが、暗黒水晶により設えられた絢爛豪華な玉座に座す、幼女魔王・ペトゥアである。


「みんなたち。よく集まってくれた……」


 ペトゥアが頑張って厳かな声を出す。ただの不機嫌な声色のようにも聞こえるが、彼女が赤ん坊だった頃から知っている四天王にとっては、これが彼女なりの威厳の出し方なのだと理解している。


「今回、四天王のみんなたちに集まってもらったのは、他でもない……」


 玉座に敷いたクッションの上からぴょんと飛び降りると、纏った漆黒のローブをバッサーとはためかせた。ローブに着られている感が強いが四天王はこれも彼女なりの威厳の出し方だと知っている。

 たっぷりの間を置いて、ペトゥアは宣った。


「エッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニを用意してほしいのだ」


 四天王は戦慄した。


「エッ……何と?」

「エッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニだ」

「エッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニ……」


 戸惑いが広がる。四天王は皆一様に額に汗を浮かべ、ペトゥアの言葉を反芻した。

 そして想像した。

 幼い魔族であるペトゥアが、エッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニにより雪白の肌を大胆に露出し、精一杯のセクシーポーズをとっている姿を。


(えっちだ……)(けしからん……)(色は黒でお願いしますわ……)(カワイイ……スキ……)


 全員救いようのないロリコンであった。


「我はエッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニを着てみたい。エッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニがどのような服装なのかはわからぬが……城に住まうゴーストによれば、とても涼しく、開放的で、とっても可愛い服なのだという」


(ゴースト、ナイス!)(わたくしたちのペトゥアちゃん様に低俗な情報を吹き込むなんて許せませんわ! グッジョブ!)


「エッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニを着た者が軍を率いれば、兵の士気は倍に膨れ上がるだろうとも言っていた。着るだけでそのような魔術的効果をもたらすエッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニ……。おそらくは世界のどこかのダンジョンに眠っている魔装なのだろう。オルダ地下大迷宮か、モド・エイラーマの針の塔か、はたまた暗きゾグニの森か……。我が愛する魔族の民も、我にエッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニを着てほしいと思っているようだぞ」

「そ、そうなのですか?」

「んむ、そうなのだ」


 ペトゥアがふよんと頷く(まだ首が柔らかいのである)。そしてタブレット端末を四天王に見せる。そこには魔族のSNS〝魔イッター〟の画面が表示されていた。

『魔王様がエッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニを着てくれたら俺は勇者だって倒せるわ』『魔王様のエッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニ最高!(※妄想)』『今からエッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニの魔王様のイラスト描くンゴw #ぺとぅあーと』などという魔イートがずらりと並び、いずれも十万いいねとか付いている。


「ま、魔王陛下。申し訳ございません。このような不遜な魔イートをしたユーザーは直ちに処刑いたしますゆえ……」

「む? これって不遜なのか?」

「ええと」

「む! そうだ、そもそも我にはこのタブレットがあるのだから、自分でエッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニについて調べればよいのだな。いったいエッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニとはどのような魔装なのだろう。検索検索……」


 四天王が止める間もなく、ペトゥアは画像検索した。


「は……」


 ずらりと表示されたのは、そういうあれであった。


「はわ……」


 ペトゥアの頬が、徐々にピンクに染まっていく。


「はわわ……はわわわわわ……」

「へ、陛下……!」


 ペトゥアは真面目を絵に描いたような魔王である。

 先代魔王は教育係の魔族の目を盗んでわざわざ城下町の図書館に忍び込み、桃色な神秘の記された書物を読み漁ることに少年時代を捧げたが、ペトゥアは違う。きちんと教育係の言うことを守り、かと思えば自らの意見も論理的に主張することができる芯を持っている。帝国の繁栄のために必要なあらゆる知識をこの九歳という齢で既に習得しているほどに勤勉であり、その一方で、城下の魔族とよくかけっこをして遊ぶやんちゃな面も併せ持っていた。


 健全で、健康的で、理性的な魔王。

 それがペトゥアであり、エッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニなどという下品な装備とはまったく縁がない。


 四天王は後悔した。

 タブレットを叩き割ってでも、エッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニなどという教育に悪い代物を見せないべきだった。

 沈痛な表情で、四天王は俯く。

 きっとペトゥアも、悲しげな表情を――――


「はわあー!! かわいいー!!」


 ペトゥアは目を輝かせていた。


「……陛下?」

「『まほ☆まほ』のアクア様みたい! カッコ可愛い! これ絶対着る! みんな、絶対このエッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニとってきて!!」

「陛下。しかし」

「というか我が自分で具現魔術を使って形だけでもつくればいいのか! むむむん! よし、できた!」

「お待ちください陛下。その服装はあまりに破廉恥で」

「じゃあ着替えるね! 後ろ向いてて!」

「陛下!? あわわわ」

「んしょ、んしょ……んしょっ! はい、着替えた! こっち向いていいよ! ……あ。口調が戻っちゃってた……。えー、おっほん。こちらを向くがよいぞ、四天王よ」


 生唾をのみ、おそるおそるペトゥアの方を向く。

 まだ九歳の幼いペトゥアは、エッチヘンタイドスケベギリギリマイクロビキニで雪白の肌を大胆に露出し、腰に手を当て、「えへん!」と胸を張っていた。

 めっちゃ可愛かった。


 四天王は卒倒した。


「え!? どうしたのだ!? ど、どうしよぉ、みんな倒れちゃった!?」

「ご……ご安心なされませ、陛下。みな、かろうじて意識は……保っておりますゆえ」

「そ、そうか? ならばよいのだが……おなかすいてしまったのか? おやつあるぞ?」


 おろおろとするペトゥア。玉座の裏に隠していたクッキーを差し出されたのでみんなで仲良く食べる。不安そうな陛下の姿も可愛いなと思う四天王であったが、心配させるのは本意ではない。

 それに何より、あの日、誓ったのだ。

 ペトゥアの前では決して倒れぬ戦士であろう、と。

 先代魔王はペトゥアの前で勇者と刺し違え、命を落とした。思い出す。土砂降りの雨の中、徐々に消滅していく父の亡骸を抱いて泣きじゃくるペトゥアの姿。それはペトゥアが四天王の前で見せた、最後の涙だった。

 ペトゥアは決して屈さぬ魔族の王として君臨した。どんな痛苦にも耐え、誰よりも頑張るペトゥアの姿を魔族たちは支持した。そして、彼女の努力を一番近くで見ていたのは、四天王だった。

 獣人族ワービースト、火迅のアドラ。飛竜族ワイバーン、水葬のルス。森精族エルフ、風艶のシューロ。機巧族メカニズマ、雷滅のマガン。彼らは先代魔王の崩御によりばらばらになりかけた魔族をペトゥアの元でひとつにすべく奔走した。主従関係があるからではない。ロリコンだからというだけでもない。涙をごまかすために土砂降りの雨の中でしか泣けないペトゥアを……誇り高きダーガレヴィア帝国の魔王・ペトゥアを、愛し、護る、そのために。四天王は、いついかなる時でも、決して倒れたりなどしないお兄さんお姉さんであらねばならないのである。


「みんなたち~、見て。セクシーポーズ~!」


 ペトゥアはくにゃんくにゃんと腰を振った。四天王は卒倒した。

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