第12話 ダブルクロス。それは裏切りを意味する言葉(別の意味で)

★★★(水無月優子)



ここで会ったら百年目。

そういうべきなんでしょうか?


衝撃を受けて一瞬固まりかけましたけど、すぐに自分の今やらなければならないことを思い出し、海水浴客の防御に意識を向けます。


向けますが……


この女オーヴァード、何しに来たの!?

多分、私を倒しに来たわけじゃ無いはず。


それだったら、触手じゃ無くて私を狙うはずですしね。

だから、警戒心はそれほど高くはなりませんでした。


相手、犯罪組織ファルスハーツに所属する犯罪者のオーヴァードですけど。


少なくとも、今ここに現れたのは、海の魔物の討伐を邪魔するためでは無さそうです。

だから、今だけは彼女への警戒心に割く意識の容量を、海水浴客に向けるべきです。

でないと、取り返しのつかないことになりますから。


でも……どうしても言ってしまいます。

聞かずにはいられなかったから。


「以前!1年前!東京で!」


魔眼槍で触手の顎を切り飛ばしつつ。


「戦いましたよね!?あなた!!ファルスハーツ!!」


視線は向けずに。

すると。


「うん。あまり覚えてないけど。そうらしいね」


触手を片っ端から細切れにしつつ、彼女はそう答えました。

嘲るでもなく、狼狽えるでもなく。淡々と。

勝利者側としては、負けた側の事なんてそんなにしっかり覚えないと。

しかも、特にその勝利に何も感じていないと。

そういうことなんでしょうか?


……なんという屈辱ですか。


触手と戦いながら、私は唇を噛みしめます。


あの戦いで、死にはしなかったものの……


同僚の黒伏さんはこの女にズタズタに切り裂かれ。


じゅじゅさんは、首を絞められて落とされ。


そして私は田舎町のT市に左遷されて……


T市に来て、雄二君に出会って。


生まれて初めての彼氏が運命の人で。


毎日T市支部のマシンジムでデートして……


彼の家でお義姉さんと義姉妹の絆を育み……


ついさっき、初キッスを済ませて……

今、とっても幸せ。


愕然としました。


……どうしよう。

恨み言を言う余地が見つからない!


私に関して見れば、むしろお礼を言うべき!


……いや、元同僚の件は言わなきゃなんでしょうけど。

それも、敵ですし。戦ったんだからしょうがない面、ありますよね。


……と、許すべき理由を探している自分が居ます。

これはかつての同僚への裏切りかもしれません!


果たして、私はここで彼女に怨嗟の声を上げなければいけないんでしょうか?それとも「あのときブチのめしてくれてありがとうございました」と、感謝を伝えるべきなんでしょうか?


……心情的にはすごくお礼が言いたい。あなたのおかげで幸せになれました、って。

でも、そんなことを言えば、黒伏さんやじゅじゅさんに年賀状を送ること出来なくなってしまいます!


……私は……どうすれば……!



★★★(北條雄二)



きりがない。


焼いても焼いても、海から新しい触手が湧いてくる。


伸びてきた触手を、打ち払って、掴み、エフェクトにより発火させ、焼く。

その繰り返し。


だが、一向に減らない。


……いや、さすがに俺にも分かる。

多分、再生してる。


焼いた端から、本体の方で新しい触手が生えて、また伸びてきてるんだ。

そうとしか思えない。


でなきゃさ、さすがに逃げるよな?再生して無いんだとしたら?

もうすでに、30本以上焼いてる気がするし。

大火傷する前に引いた方がいい、って判断になるはず。

けど、現状ヤツは逃げていない。


それに。


仮にここまでやられて、再生無しだった場合。

本体にどれだけ触手が生えてるんだ?って話だ。

そしてそんだけ生えてるなら、俺たちが対応できないだけの触手を一気に伸ばし、何で物量で攻めてこない?


そうしてきてないから、焼いた分が再生してる、って考える方が自然だよな。


……正直に言うと、めちゃめちゃ焦っている。

気を失ってる海水浴客がネックになってる。

見捨てられないから。


……俺のやってる、触手焼き。多分、海の魔物本体にはほとんどダメージにはなってないと思うんだけど。

これをやらないと、おそらく優子の守り手がカバーしきれなくなる。


だから、やめられない。

討伐には何の有効打にもならないのに。


……優子。


お前は「増援は必ず来るはず」って言ってたけど。

さすがに、あと数分以内って、無理だよな……?


30分後、なんて言われたら、俺はどうすれば……

絶望的な気分が心を満たそうとしていく。


そんなときだった。


両手で二本の触手を掴み、焼き払っているところに3本目の触手が俺の肩を狙って喰らいついてきた。

俺は間一髪、焼いた触手を捨てて、新たな触手を寸前で掴んだ。

魔物の牙が食い込む寸前で食い止めた感じだ。


触手の顎は鳴きこそしないものの、狂ったように牙を噛みわせて、その飢えを俺に見せつけてくる。

俺たちが邪魔するもんだから、何も喰えて無いんだな。


「……腹減ってんだな。でも、悪いが諦めろ。……お前に餌をやる気は毛頭ない!」


そしてその触手も発火させたときだ。


捨てた触手のうち、一本が、焼け切っていなかったのか。

再び、俺に牙を剥いて襲ってきた。


焼いた、と判断していた俺は、それに対して一瞬対応が遅れた。


遅れたんだが。


……一瞬、固まった。


何の前触れもなく、触手の横合いから何がか複数飛んできて。

触手を吹き飛ばし、撃ち落としたからだ。


俺は見た。

触手は、何振りもの日本刀で貫かれ、動けなくなっていた。


……これ、何だ?

理解が追いつかない。


「……手を貸す。敵意は無い」


男の声がした。

まだ若い。


俺と同じくらいだろうか?


その方向に視線を向ける。


そこには、黒い学ラン姿の背の高い男が居た。

顔は見えない。

中国の演劇で被るみたいな、お面と、それと一体化してるみたいなカツラみたいなものを被っていたから。

そして、足は素足だった。


そんなのが、何かを投擲した姿勢でそこに居たんだ。


「UGNからの増援……来てくれたのか?」


良かった!これで希望が見えてくる!

この先が見えない戦いに、勝ち筋を見出すには、増援が必須だ。

そう思い始めていたから、純粋に嬉しかった。


嬉しかったんだが。


敵意は無い。

その言葉が何故発せられたのか。

続く言葉で思い知らされたよ。


男は首を左右に振ったんだ。


そして、言った。


「……残念ながら、ファルスハーツのエージェントだ」


無造作に下げたその右手の中に日本刀を生み出して。

そのまま背後から襲ってきた触手をノールックで躱し、躱しざまに斬り上げる斬撃を繰り出して切断しながら。


俺は愕然とする。

優子には聞いていたから。


ファルスハーツという、オーヴァードの力で自分の欲望を解放することを目的とする犯罪組織があると。


……ファルスハーツだって……?

こいつ、犯罪者なのか!?



★★★(佛野徹子)



「加勢するの?……当然、変装するんだよね?」


「無論」


彼の言葉に、彼の返答。

予想の範囲内。


だって、アタシら表の顔と裏の顔があるエージェントだからね。

素顔は絶対秘密。でないと、日常生活送れなくなっちゃう。


まぁ、声が気になるけど、声は大丈夫でしょ。

普段顔を合わせる人でもないし、数回会話しただけで記憶頼みの特定はまず無理。

それに、仮に気にはなっても、顔さえ見られなきゃ本人を特定する決め手にはなんないしね。

声に聞き覚えがある、ってのは、あくまで主観だもの。


アタシの目の前で、彼が準備を開始した。

まず観察に使っていた双眼鏡を洋服に錬成する。


彼のシンドロームのひとつ、モルフェウスの力だ。

彼は、生物以外の全ての物質を素材に、生物以外の全てのものを錬成できる。

ちなみにその際、素材の構成材料、質量は一切問われない。


今、彼が双眼鏡から錬成した洋服は、セーラー服だった。

黒い、オーソドックスなやつ。


……アタシの仕事着だ。


「僕らの仕事着はこれだからな。これで変装しよう」


そう言いながら、彼は足元の砂を掴んで自分の分……学ランを錬成する。


二人して、水着の上からそれを着込み。

セーラー服の女子高生と、学ランの男子高校生完成。


後は顔。


……彼は仮面として、中国の舞台劇に使いそうな、鮮やかな柄の仮面を二つ錬成。

それぞれ、それもんのカツラのようなものがセットのおまけつき。


「京劇のお面をイメージした」


……まぁ、かっこ悪くは無い、かな……?


二人でゴソゴソそれを装着。


うん、外面は準備完了、かな?


「あ、徹子」


アタシが肩を回して足をストレッチさせて出撃準備を整えていると。


「UGNエージェントの女の方、僕らがFHだって気づく可能性あるから、嘘は吐くな。ややこしくなる」


彼の言葉。

少し驚く。


何で?と聞き返すと。


1年前にお前に「時の棺」を決めてきた、あのバロールだ。


って。

……なるほどね。そりゃ、知ってるかもね。


納得しちゃった。

こりゃあ、色々と因縁の相手だねぇ。



★★★(下村文人)



最悪いきなり襲われることも予想してたが、彼は冷静だった。


さすがに僕に背中は向けなかったが、僕を放置し、触手の処理を継続する。


触手から身を躱し、掴み取って焼きながら、彼は言葉を発した。


「アンタ犯罪者なのか!?」


「まぁ、そうだね」


僕も触手を切払いつつ答える。


「何でここに来た!?」


「僕らも、こいつに生きていられると色々困るんだ」


嘘は吐いてない。

K市でこいつに破壊活動をされると、本当に困る。


特に、相棒は色々気にする奴だからな。

あいつが個人的に交流持ってる誰かがアレに喰われたら、アイツ、絶対ショック受ける。


それは避けたい。


……まぁ、そんなことは彼には言えないが。


「……信用ならないか?」


「当たり前だ!」


……だろうね。

だがま、僕は彼はそんなに頭悪くないと見た。


だから、僕はこう言った。


手を休めないで。


「仮にだ、キミらを殺すつもりでここに来たなら、さっき援護したりはしてないよ」


お決まりだけど。

さて、これで納得してくれるか?


彼は考えているようだ。信じていいのか?と。


……一応、ダメ押ししておこう。


「……現状、バランスギリギリだ。分かってるんだろ?邪魔されたらイッパツで終わりだってさ」


邪魔が入ったら最後。

まともに守り切ることができなくなる。


自分の命を守るために、海水浴客を見捨てる必要が出てくる。

それが駄目なら、自分の命を危険に晒すしかない。


言うなれば、彼らの命を取る絶好のチャンスが今なわけだ。


それをしないんだ。

信用して欲しいんだけどな。


……さて?


「……分かった」


彼は僕の方を見て、頷いた。


「今は、手を借りておく」


……賢明で助かるよ。



★★★(???)


なんなのぉ~!?


なまいきなごはんが、にひきからよんひきにふえた!


ふえたいっぴきはすごくはやくて、つかまえられない!

で、ぼくのことをきりまくってくる!!


しょくしゅがきられていたい!!

さいせいするからだいじょうぶだけど、はらがたつよ!

ごはんのくせに!!


もういっぴきはいっぱい、いっぱい、なにかをなにかをなげつけてくる。

きんぞくでできた、ぼうだ。

ぼうなんだけど、すごくとがってて。

ささる。


けっこうおおきいはずなのに、あのごはん、つぎからつぎへと、ぼうをなげる。

どこにあのぼうをもってるのか、わからない。


なまいきなごはん、にひきでもこまってたのに、よんひきにふえた!

てがでないよ!!どうしてじゃまするの!?

ぼくはおなかへってるのに!!


……ん?

あのごはん、なにをしてるのかな?


おにくがたくさんついたごはんが、あのごはんをまもってるみたいにみえるな……


あ、じめんにてをついた。



んんん?

なにか、いきなりいきものじゃないものがでてきたぞ?


きゅらきゅらというおとをたててうごく、いきものじゃないもの。

きゅらきゅらいってうごくぶぶんと、そのうしろにくっつけられたはこがある。


おにくのかたまりが、そのはこのうしろをあけて


……あ!!やめろ!!


ごはんが、そのはこにたおれているごはんをどんどんいれていくよ!!

ぼくのごはんをどこにもっていくつもりだ!!



★★★(北條雄二)



このファルスハーツの男、モルフェウスのオーヴァードらしい。

モルフェウスシンドロームのオーヴァードとは、一回戦ったことがある。

俺の住む町で、ジャーム……理性を無くしたオーヴァードのなれの果て……が出現したことがあり。

そのときのジャームのシンドロームのひとつが、モルフェウスだったんだ。


だから、モルフェウスっていうものがどういうものか知っているつもりではいたんだけど……


……こいつ、すごいな。

やってることを見て、戦慄した。


こいつ、モルフェウスの達人だ。


さっきの日本刀、こいつが投げたものだったんだが。

投げ方がね、異常だ。


こいつ、まず最初に忍者のクナイに似た形の投げナイフみたいなものを錬成して。

それを投げるときに、投げた瞬間に再度錬成をかけて投げナイフを日本刀に変えてる。


それも一投でひとつじゃない。4つだ!

しかもそれを両手でやるという。


あのとき戦ったジャーム……シャドウストーカーも強かったけど、モルフェウスとしての実力は。こいつの方が圧倒的に上。

間違いない。


だから、逆に信用したよ。

この実力で、本気で俺らを殺す気で来たのだとしたら、搦め手やるより直接攻撃した方が楽だって。


そんな彼が、手を止めずに、こう言ったんだ。


「……ちょっと、大掛かりな錬成をするから、防御よろしく頼む」


言って、砂浜に手をついた。


……何をする気だ?


言われた通り、地面に手をついている彼に向かう触手を次々と焼きながら、俺は彼を見守った。


するとだ。


バシュン、という音と、小さな稲光の後。

砂浜に、重機みたいなものが出現していたんだ。


全体的なフォルムは、トラック。


ただし。

タイヤの代わりに、戦車のキャタピラがついていた。


……何なのこれ?

こんな乗り物、ある?


というか、モルフェウスって、こんな乗り物まで作れるのか?

……刃物だとか、盾とかだけじゃないんだ?


俺が絶句していると。彼は事も無げに立ち上がり。


「……まぁ、砂浜だからね。万一考えて無限軌道の方がいいと判断してこうしてみた」


言いながら、運転席に乗り込んだ。


そして叫ぶ


「おーい!!相棒ー!!」


「何ー!?相方ー!?」


優子がいるあたりから、別の女の子の声が返ってくる。

彼も二人組なのか……。


「ちょっとUGN彼氏さんと、倒れてる人間回収して回るから、援護頑張ってくれー!!」


「りょうかーい!!」


……その二人の呼び合いに。

俺は、彼らの深い信頼関係を感じてしまった。

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