第2話
1ヶ月ほど前、寿子の夫、
まず、妻の寿子を疑った。だがその時間、庭に居る寿子を近所の住人が目撃しており、完璧なアリバイがあった。
そもそも、後妻の寿子(36)に疑惑を抱いたのは、その親子ほどの年の差だった。それと、保険金が支払われる時期から逆算すると、丁度入籍した頃に当たる。つまり、籍を入れてすぐに生命保険に加入し、保険金を受け取れる時期を狙って殺した、と考えるのが妥当だ。
樫山は不動産会社を経営しており、かなりの財産があった。その全財産が正妻の寿子の物となったのだ。樋口は、金目的の殺人と視ていた。
尚も寿子の尾行を続けた。尾行をしているうちに、樋口は意外なことに気付いた。それはスーパーから出て、寿子が携帯電話を耳に当てると、必ず一人の男がすれ違うのだ。それは毎回ではないが、週に2~3回の割合で見掛ける。
目深に被ったキャップで、顔や年齢は定かではない。
樋口は、スーパーから出てきたその男を尾行した。――男は来た道を戻ると、寿子の家からさほど離れていないマンションに入っていった。男はエレベーターを使わず階段を上った。
樋口は間隔を置くと、靴音を消した。ゆっくりと階段を上がっていると、扉が閉まる音がした。静かに扉を開けて覗くと、男は一番奥のドアに鍵を差し込んでいた。
……一人住まいか?
階段を下りて、205号の郵便受けを見ると、〈田川〉とあった。
……何者だ?
管理人室の小窓から顔を覗かせている
……樫山が殺されたのは1ヶ月あまり前。それ以前に、田川はすでにこのマンションに住んでいたのか……。
住民票から、田川の前住所を入手した樋口は、田川が住んでいた安アパートの隣人から、Mデパートの保安員をしていたという情報を得た。つまり、万引きGメンだ。
……仮に、寿子が万引きに関わっているとしたら。
田川が勤務していたMデパートで話を訊くと、意外なことが分かった。
「クビにしたんですよ。陰で万引き犯をゆすっているという噂を耳にしたんで。被害届もなく、本人も否定してましたが、火の無い所に煙は立ちませんからね」
店長は
……仮に、寿子をゆすっていたとしたら、寿子から金が渡ったはずだ。その金で、今のマンションに引っ越し、悠々自適の生活をしているのでは?樫山が殺された当日の田川のアリバイは?
田川と寿子には接点があると判断した樋口は、単独でマンションを訪ねた。――樋口を視た途端、田川は犯罪者特有の第六感で、自分の置かれている状況を悟ったかのような目を向けた。
「4月×日の夕方6時頃、どこに居ましたか」
「何曜日ですか?」
「月曜」
「月曜か。じゃ、新宿ですよ」
コーヒーメーカーからジャグを取り出すと、カップに注いだ。
「!……新宿?」
「ええ。月曜は映画を観るんですよ。比較的空いてるし、観た後にとんかつを食べて、6時頃だったら、丁度電車に乗るとこじゃないかな」
悪びれる様子もなく、しゃれたコーヒーカップを樋口の前に置いた。
「解雇されたそうですな?保安員を」
「ああ、あれね。身に覚えのない噂は、どんなとこにでも立つもんですよ。抗議したところで分かってもらえないと思ったんで、言われたとおり辞めたってわけです」
田川はため息を
「その前の職業は?」
樋口はそう訊きながら、カップの取っ手に指を入れた。
「色々やりましたよ。工事現場の作業員もやりましたし、ウェイターに、クラブのボーイも経験があります。学歴がないから、仕事は選べません」
「ご家族は?」
「いえ、天涯孤独です。この歳で結婚したこともない。ま、気楽と言えば気楽ですがね」
自嘲するかのように鼻で笑うと、煙草をもみ消した。
「……失礼ですが、前のアパートからこんな高級マンションに引っ越すには、相当な金が要ったでしょ?」
「20年以上も働いていたんですよ。それなりの
「……仕事は今何を?」
「現在、求職活動してます。活動と言っても、近所を歩いて求人の張り紙を探してるだけですけどね。40も過ぎるとなかなか仕事がなくて。また、工事現場ででも働こうと思って。給料もいいし、体力には自信があるんで」
と、フローリングの隅に置いた鉄アレイを
田川に、動揺や
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