接触
紫 李鳥
第1話
夫殺しを疑った
ただ、買い物を終えると必ず、スーパーの前で携帯電話を耳に当てて何やら喋っていた。誰と話しているのかと、寿子の通話履歴を調べると、その時間の電話番号は自宅の固定電話だった。約10秒足らずの短いものだ。一人住まいの自分の家の留守電に何を吹き込む必要があるのだろう……。
樋口は、留守電の内容を確認するための侵入方法を模索した。――
寿子の趣味はガーデニング。4坪ほどの庭には、季節の草花が所狭しと咲き乱れていた。
「わあ~、きれい」
白いアイアンフェンスに絡まった黄色いバラに、通りすがりを装った
「あら、どうも」
鉢植えの最中の、シャベルを手にした寿子が腰を上げた。
「白い壁にとてもマッチしてますね」
佳須美は愛嬌をアピールした。
「どうもありがとう」
「わあー、お庭にもきれいなお花がいっぱいあるぅ」
「良かったら、どうぞご覧になって」
寿子が門扉を開けた。
「えっ、いいんですか?」
「ええ、どうぞ」
「ありがとうございます。じゃ、失礼します」
それがきっかけで、寿子と親しくなった佳須美は、毎日のように寿子の家に訪れた。
「寿子さんちで紅茶をごちそうになるのが習慣になっちゃったぁ」
佳須美は上機嫌で、舶来のティーカップに唇を付けた。
「私も暇だもの、いつでも遊びにいらして」
寿子は笑顔で言いながら、レモンスライスをスプーンに
「お言葉に甘えて。うふっ」
「でも、ご趣味が俳句だなんて、お若いのに珍しいわね」
カップを持った寿子の右中指にある、大粒のルビーの指輪がキラッと光った。
「
そう言って、陶磁器のミルクピッチャーをカップに傾けた。
「最近はどんな句を?」
「そうですね……。春に詠んだ句ですが、“瀬音して土手にかほ出すつくしかな”」
「あらぁ、ほのぼのとして素敵な句。なんだか、暖かい日差しを感じるわ」
「ありがとうございます」
「私も、佳須美ちゃんに俳句を教えてもらおうかしら」
「えっ!マジですか?」
「うふふ。マジ」
――寿子の家に通っているうちに、
「今日は一緒にお食事しない?」
寿子が誘った。
「えっ!いいんですか?」
「明日は大学お休みでしょ?食後にワインでもいかが」
「わあー、嬉しいっ」
佳須美は大袈裟に喜んでみせた。
「じゃ、スーパーまで行ってくるわ。テレビでも観てて」
ドレッシーなジョーゼットスカートの寿子が、ミュールに爪先を入れた。
「はーいっ」
佳須美は早速、固定電話の留守電の再生ボタンを押した。
「ピーッ!すぐ帰ります」
寿子の声だ。全件、同じ文句だった。
……どういうこと?誰へのメッセージ?……もしかして、二階に誰か住んでたりして……。
そう考えると急に恐ろしくなって、佳須美は家宅捜索どころではなかった。
寿子が帰宅すると、急用を口実にして家を出た。睡眠薬入りのワインでも呑まされて殺され兼ねない。そんな恐怖感が募ったからだ。
寿子の家を出るとすぐに、父親の樋口敬雄に電話をした。
「誰も居る気配はないけど、でも、あの留守電の、『すぐ帰ります』は、誰か居るか、来るしか考えられないわ」
「うむ……。で、寿子の留守に電話は?」
「ううん。誰からもなかった。もちろん、寿子さんからもないわよ。私が居るのに電話するわけないじゃん」
「だよな。……だが、もし、誰かが居るとか、来るとしたら、お前を一人家に残すことはしないだろ?」
「だよね。……でも、今日は来ない日かも知れないじゃん」
「だとしても、誰かが居るとしたら、お前を一人にはしないよ。後は父さんが見張るから、もう寿子には近付くな」
「折角知り合いになったのに。……残念」
「お前が残念なのは、ごちそうをいただけないからだろ?」
「それもあるけど……」
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