〇第一章 救助隊員の仕事 7

 意外と順調に脱出できるのでは──そんな淡い期待はもう消え去っていた。

「うおおおおおおおおおおおおっ!」

「やっぱりこうなったあぁぁあっ!」

 見た目と匂いを誤魔化したことで、なんとか魔物との戦闘を避けられていた。

 だが想定外は常に起こるもので──途中、変化の魔石の効果が切れたのだ。

 結果、俺たちは魔物たちに追われることになり、今──猛烈ダッシュで逃げている。

「体力的に……このままじゃ持ちそうにないな」

「何か手はある?」

「──なくてもなんとかするさ!」

 こういう時、攻撃魔法でも使えればと思わなくはない。

 無駄な戦闘を避けるのが一流の救助隊員レスキユーだが、常に理想を成すにはどれだけの訓練を積めばいいのか……。

 全力疾走しているというのに、不思議と思考は捗っている。

 だが、冷静に現実逃避している場合じゃない。

 今をどうするかを考えなければ、俺たちは魔物の餌になってしまう。

「──カレン、飛べっ!」

「え? ぁ──そういうこと!」

 俺はカレンの手を引いて加速し──思いきり跳躍した。

 同時に背中に痛みが走る。

 ゴブリンの鋭い爪に背中が切り裂かれたのだ。

 だが幸いにも軽傷。

「ガアアアアアアッ……ガアアアアアッ!?」

 背後から魔物たちの悲鳴が轟いた。

 モンスターが地面を踏み罠が発動したのだ。

 地面が崩れ落ちて魔物たちが深い闇の中に落下していく。

「っ──」

 ここに罠があるのは探索中に確認していた。

 だから、ここに誘い出したところまでは成功──だけど、

「や、やばいっ──」

 カレンの焦りが耳に届く。

 このままでは、地面に開いた大穴を飛び越えられそうにないと思ったのだろう。

「大丈夫だ」

 俺は取り出しておいたワイヤーガンの引き金を引いた。

 パンッ──とフックが射出され、向こうの大木に突き刺さる。

「──このまま上がるぞ」

 もう一度引き金を引くと、射出したフックが引き戻されて、なんとか着地に成功した。

「はぁ……なんとかなったわね。ここの罠が……落とし穴だってわかってたの?」

「いや、それは偶然だ」

「……まあ、運も実力のうちよね」

 軽口を交わしながら、俺たちは拳を合わせた。

 四階層に戻る階段はもう直ぐだ。

 危機から脱出したことで確かな希望が見──

「ウウウウウウッ──ガアアアアアアアアアアッ!」

 獣の唸り声が聞こえて反射的に振り向いた。

 目前に見えたのは強靭な牙を見せるワーウルフの姿。

 全身が恐怖におののき硬直する。

 これは安堵が招いた油断の結果。

 ワーウルフのあぎとが俺の喉元へ迫って──。

「──らいじん!」

 だが、その牙が俺の命を奪うことはなかった。

 放たれた雷の魔法がワーウルフに直撃したのだ。

 それは自身の死を確信したほんの刹那の出来事だった。

「──レスク!?」

 心配そうに大慌てで駆け寄ってきたのは、この世界でただ一人、勇者と呼ばれる少女。

「なんでお前がここに?」

「訓練に来たの。本当、偶然に。でも……良かった、ピンチだったよね?」

「ああ、本当に助かった」

 これは何の因果か……まさか勇者に助けられるとは。

「勇者ティリィ……」

「あ、えっと……カレンさん、だよね? こうして話すのは初めてだけど……」

 二人はぎこちなく会話を交わす。

 顔を合わせたくらいのことはあるが、まとも話したことはなかったのかもしれない。

「勇者、ありがとうな」

「ううん。このまま地上に戻るよね? なら、わたしも協力する」

 こうして、たまたまダンジョンに来た勇者によって、俺たちは事なきを得たのだった。


         ※


 そして無事に一階層に到着。

 ここまで来れば、あとはなんとかなるだろう。

「勇者のお陰で助かった」

「ふふ〜ん! もっと感謝していいんだよ? さあ、褒めて褒めて!」

 まるで撫でろとばかりに、俺に頭を向けてきた。

 促されるままに俺は勇者の頭を撫でる。

「今回ばかりはお前に助けられたよ」

「ええへ〜」

 ご満悦な勇者。

「……むっ」

 対してカレンは少し不満そうに、俺と勇者の話を聞いていた。

「よく五階層まで来られたな」

「これでも少しは強いってこと! レスクに助けられてばっかりじゃないんだから!」

「ったく。かんおけ娘が調子に乗るな。そんなだと、またどっかでやられるぞ」

「大丈夫! わたし、今日は調子いいもん!」

 言って勇者が腕をぶんぶん振りながら、意気揚々と歩き出した。

 すると──ボゴッ。

「ぇ……」

 ──ボガアアアアアアンッ!

「ええええええええっ!?」

 地面が崩れ落ちて、勇者が落下した。

「お、おい、勇者──大丈夫かっ!?」

「いたたた……う、うん、だいじょ──じゃない!? あ〜んっ! ドラキュに吸われてる~~~~~~!」

 下の階から声が響いてくる。

「勇者!? い、今助けに行くか──」

「ぎゃふん……ばたんきゅ〜」

 って、もう棺桶になりやがったっ!?

「だあああああっ! カレン、行くぞ!」

「もう! 調子に乗るから!」

 勇者のお陰で命拾いしたのは事実だが、最終的には仕事を増やされたのだった。


         ※


 その後──勇者の棺桶を回収して、俺たちはなんとかルミナスに帰還することができた。

「えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ」

「か、かんおけ、めちゃくちゃ重いじゃないの!」

「仕方ないだろ……ほら、掛け声!」

「え、えっさ、ほいさ──って、これ言わないとダメなわけ!?」

「声を出したほうが力も入るだろ! ほら、えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ──」

 棺桶を運ぶ俺たちを見て、町の人たちも「えっさ、ほいさ」。

 えっさ、ほいさの連鎖が始まった。

 大人も子供も「えっさ、ほいさ」で、町はリズムに乗っていた。

 そして──二人で棺桶を抱えて教会へ到着。

 シスターカトレアに祈りを捧げてもらうと、勇者は無事に復活した。

「ふい〜ありがとう、レスク」

「礼はいいさ。お前のお陰で俺たちは助かったんだからな」

「そう? まあ、でも当然だよね! わたし、レスクたちの大ピンチを救ったんだから」

「ああ、そうだな。それは感謝してる。が、それはそうと──ここまで運んでやった金払えやあああああああっ!」

「ちょおおおおおっ!? 恩人からお金取るのぉ!?」

「それとこれとは話が別なんだよ! 毎度毎度、油断して棺桶になりやがって!」

「こ、今週、まだ五回くらいだもん!」

「さっきのが十八回目だあああああああっ!」

「あああっ!? わたしのお財布ううううううううっ!」

 勇者の涙声が、教会から町中に響いた。

「あ、あの〜……教会での取り立てはやめてくださいね」

 そう言いつつも、俺たちの攻防を見守るシスター。

「レスク、あたしは先にギルドに戻って隊長に報告を済ませてくるから」

「おう! 金は必ず回収するぜ!」

 結果──勇者が永遠の魔窟で稼いだ金を奪い取ることに成功するのだった。

「絶対、夕食は奢ってもらうから! レスクの仕事が終わる頃に迎えに行くからね!」

 涙目で叫びながら、勇者は教会を飛び出すのだった。


         ※


 少し遅れて俺が救助レスキユーギルドに戻ると、カレンから『アーマさんの治療は無事に終わり命に別状はない』と伝えられた。

『虚偽の依頼クエスト』を出したことで、彼らには罰が与えられるらしい。

 幸いにも死者は出ていない為、それほど重くなることはないようだ。

 直ぐにでも二人の様子を見に行きたかったが、流石にもう体力も気力も限界で……俺は自分の部屋に戻りベッドに倒れた。

(……勇者に食事、奢るって約束してたよな)

 起きなくちゃ……でも、身体があまりにも重くて。

(……迎えに来るって言ってたよな……)

 来たらきっと起こしてくれる。

 そう思った途端、俺は深い眠りに落ちてしまった。


         ※


 ──コンコンコン

「レスク、入るよ。ご飯、行こ〜」

「……」

「あれ? 寝てる、の……?」

「……す〜……」

「ぐっすりだ。ふふっ、今日もがんばったもんね……夕食、行く約束だったけど……仕方ないなぁ」

 ──ツンツン

「ほっぺ柔らかいなぁ……これで、特別に許してあげる」

「……ぅ〜」

「きゃっ……れ、レスク!? もう、いきなり抱きしめないでよ。そんな強く、ぎゅってされたら、動けないよ……」

「……んっ〜……」

「はぁ……しょうがないぁ。抱き枕にされちゃうとは思わなかったよ……もう少しだけ、このままでいてあげる」

「ぅ〜……」

「レスクの寝顔、子供みたい。可愛いなぁ……なんだか、わたしも眠くなってきちゃった。……ベッドも柔らかいし……ちょっとだけ、休もうかな」

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