〇第一章 救助隊員の仕事 6

「どういう意味ですか?」

「以前もオレたちは、仲間のピンチに救助要請を出したことがあった……だが……」

「低ランク冒険者という理由で、救助レスキユーギルドは要請を受けてはくれなかったんです」

 救助レスキユー活動中の判断は各個人に任されている。

 その為、正式に依頼のあった救助要請でないという理由から、見殺しにする者もいるだろう。

 救助隊員レスキユーは万能ではない。

 個人が助けられる命は限られているのだ。

「あたしたちは助けられる命を見捨てたりしないわよ!」

「どうだか……」

 命に優先順位を付ける者がこの世界にはいる。

 それは救助隊員レスキユーという特殊な立場にあっても同じ──それが現実だ。

 だけど俺たちは──

「ここで言い合いをしていても仕方ありません。だから──行動で証明してみせます!」

「レスクの言う通りよ。あたしたちは誰も見捨てないわ」

 俺たちは、助けられる命があるのなら絶対に諦めない。

 それは、俺とカレンが救助隊員レスキユーを志した日に結んだ誓いの一つだ。

「……ごめんなさい。全ての人があの救助隊員レスキユーと同じわけじゃない。……それはわかっているのですが……」

「いいんです。傷を負って動けないと聞いています。直ぐに怪我の確認を」

 俺たちはアーマの元に歩み寄った。

 太腿の辺りに応急処置が施されているが、包帯の上まで血が滲んでいる。

「……止血剤があればいいんですが……今は薬も高くて……」

 治癒魔法が消失してからは、薬の価値が跳ねあがっている。

 その為、薬品の流通や医療技術の発展は、大陸中で掲げる重要課題となっていた。

「いえ、オルフィナさん、ありがとうございます。あなたの応急処置のお陰で、アーマさんを救える希望が見えました」

「だけど油断はできないわ。直ぐにでも治療が必要よ」

 カレンの言う通りだ。

 血を流しすぎている為、輸血が必要になってくる。

「この位置から座標転移テレポイントは使えるか?」

「無理よ。一度の転移で地上まで飛べるならまだしも……」

 転移座標テレポイントは非常に便利な力だが制限も多い。

 一度の使用で転移可能な距離は二キロメートル。

 重量はトータル百キログラム。

 それを超えて対象を転移させることも可能だが、制限を超えるほど転移座標テレポイントがずれる。

「転移した場所と障害物が重なってたら……最悪、めり込むわよ?」

「……それは勘弁だな」

 大真面目なカレンを見て、思わず苦笑してしまった。

「言っておくけど冗談じゃないからね!」

「わかってる。だが今から歩いて戻るほどの余裕はない」

 依頼人の状態を見れば事態は一刻を争う。

 なら──手段は一つしかない。

「──カレン、相棒救援バデイ・レリーフを使おう」

 相棒救援バデイ・レリーフは俺の持つもう一つの救援技能レリーフだ。

 心から信頼し合う仲間──相棒バデイにのみ使える切札。

 使用することで、相棒バデイの持つ能力を、限界まで引き上げることができる。

 つまり、カレンの救援技能レリーフが超強力な状態で使用可能になるわけだ。

「……やっぱり、それしかないわよね」

 カレンは重い表情で頷いた。

「他の方法を検討したいって顔だな?」

「リスクも大きいもの……」

 相棒バデイ化した状態で力を使えば、丸一日は救援技能レリーフが使えなくなる。

 それは俺だけでなく、相棒バデイとなる相手も同様にだ。

相棒バデイ化した状態なら、四人でルミナスの町まで飛べるか?」

「……厳しいわ。確実に成功させるなら、二人まで……」

 つまり、依頼人たちを救出することは可能。

 だが相棒救援バデイ・レリーフを使用してしまえば、俺たちは通常の救援技能レリーフも使用できなくなる。

(……能力が制限された状態で、ここから無事に脱出できるか?)

 焦って判断を間違えるわけにもいかない。

 俺の命だけではなく、カレンの命もかかっている。

「……レスク、迷う必要はないわ。依頼人の救助レスキユーを優先しましょう」

「だが……」

「あたしのことを心配してくれてるなら、そんな必要ない。救助隊員レスキユーとしてすべきことを全うするの。それに──あたしたち二人でなら、できないことなんてない」

 カレンはこのピンチにもかかわらず、俺を信じ切っているみたいに満面の笑みを向けた。

「──本当に最高の相棒バデイだよ、お前は」

 力が湧いてくる。カレンが俺を信じてくれたように、俺もカレンを信じている。

 救援技能レリーフがなくとも、俺たちには救助隊員レスキユーとしてつちかってきた技術がある。

 互いの力を信じて、相棒バデイと共に生き抜く。

 この決意は揺るがない。

「──わかった。まずは二人を確実に救出しよう」

 アーマの状態を考えれば、一刻も早く治療しなければならない。

 ならこれ以上、迷っている時間はない。

「要救助者二名をギルドのあたしの部屋──隊員室に飛ばすから」

「ああ、頼む!」

 相棒救援バデイ・レリーフは、互いの合意を得ることで初めて使用可能になる。

 大陸でただ一つ──一人で使用することのできない救援技能レリーフだ。

「今からアーマさんとオルフィナさんを第三救助機関サードに飛ばします」

「と、飛ばす? それはどういう──」

「説明してる時間が惜しいけど、あんたたちをルミナスの救助レスキユーギルドに転移させるから、転移が終わったら事情を説明して医師を呼びなさい」

「は、はい……」

 オルフィナは未だに戸惑っているようだが、ここでぐだぐだと説明するよりも、実際に飛んでしまうほうが早い。

 俺とカレンは互いに向き直る。

「使うのは、久しぶりだな」

「ええ……でも、大丈夫よ」

「ああ、俺たちなら──」

 言いながら互いの視線を合わせ、両手の指先を絡め合う。

 俺の目にはもうカレンしか映っていない。

 そのまま意識を集中して、俺は力を解放していく。

「……──いくぞ」

 瞬間──俺たちは不思議な感覚に包まれていた。

(……んっ、やっぱり慣れないわね。この感覚……全身を、ううん……心までレスクに包まれていくような……)

 カレンの心が伝わってきた。

 そしておそらく、俺の心も彼女に伝わっているのだろう。

(……レスクに伝わったら恥ずかしいけど……今、すごく、心が満たされてる)

 心を手で直接触れられるような、もどかしい……でも、心地いいような感覚。

 俺たちはその全てを受け入れていく。

 決して俺たちは互いを拒まない。

 心から信頼しているから、それができる。

(──カレン、今なら!)

(……うん。あんたの全てを感じられてる)

 だから、

「「──相棒救援バデイ・レリーフ」」

 俺たちは一つになった。

 言葉を交わす必要もない。

 互いの心が繋がったこの極限の信頼状態──相棒感応バデイ・コネクトが成立することで、驚異的な力が溢れてきた。

「カレン……いけるな」

「ええ。あんたとなら──なんだってできるわよ!」

「俺の力の全てを預ける。だから遠慮せず全力でいけ!」

 溢れる力の全てを──俺はカレンを救援レリーフする為に使う。

 アーマとオルフィナ、二人を必ず救うという想いを込めながら。

「──救援レリーフ──限界突破リミツトブレイク

 俺は叫んだ。

 その言葉が合図となり、相棒バデイの力を増幅させる。

座標設定ポイントセツト──確認チエツク──成功サクセス──全力で飛ばすわよ!」

 俺からカレンに、そしてカレンから俺に──溢れる力を合わせて、その全てを放出する。

「「──無限座標転移インフイニツト・ムーブ」」

 相棒救援バデイ・コネクトにより、限界を突破した座標転移テレポイント

 発動と同時に、目に見えるほどの大きな力の波動がアーマとオルフィナを包む。

 光が徐々に大きくなり──光の収束と同時に二人の姿は消えていた。

「……はあぁ〜……転移、無事に成功したわよ……」

 力が抜けたのか、カレンは俺に身体を預けてきた。

 たった一度の使用で、俺たちの相棒感応バデイ・コネクトは解けてしまった。

 同時にそれは、救援技能レリーフが使用できなくなったことを意味していた。

「……大丈夫か?」

「ごめん……少しだけこのままで……」

 相棒救援バデイ・レリーフを使用した状態で救援技能レリーフを使えば、身体への負担も大きい。

 だから──……ぐうううううううっ……と、空腹を知らせる音が響いた。

「っ……~~~~~~~~~~~~~~」

 ぷるぷると、カレンが俺の胸の中で震えた。

「腹ペコなわけだ」

「ひ、人を腹ペコキャラみたいに言うんじゃないわよ!」

 反論する為に顔を上げたカレンはむすっと膨れている。

「なあ……カレン。後悔、してないか?」

「してるわけないじゃない。気持ち、全部伝わったでしょ?」

 力は使い果たした。

 状況は最悪だ。

 だというのに、カレンの顔から希望は消えていない。

 そして──それは俺も同じだった。

「何があっても、お前は俺が守る」

「違うわよ。あたしがあんたを守るの」

 互いを守るということを、俺たちは決して譲らない。

 だから──俺たちはきっと無敵だ。

「……もう少し休むか?」

「ううん。もう十分、休めたわ」

 俺から離れてカレンは簡易食品を口にした。

「……ストック、なくなっちゃった」

「帰ったら腹いっぱい食えばいいさ」

「そうね。……生還したら隊長に奢ってもらいましょうか」

「それいいな。なら生き抜く為にもここからはさらに慎重に行こう」

 帰還経路は把握している。

 あとはモンスターをどう回避するかだ。

 俺はこの場に倒れている魔物の死体に目を向けた。

「……あれ使えそうだな」

「うっ……もしかして……」

 それだけで、カレンは俺の考えを理解したようだ。

「文句はなしだぞ。これも無事に生還する為だ」

「わかってる。どんな状況からでも生き抜くのが一流の救助隊員レスキユーってね」

 俺たちはモンスターの死体の前にしゃがんだ。

 続けて腰のポーチからナイフを取り出して、獣型モンスターの毛皮を剥いでいく。

 別に素材として売りさばこうというわけじゃない。

 人の匂いに魔物は過敏だからこそ、それを消さなければならないのだ。

 だから、この毛皮を身体に擦り付けて魔物の匂いを付着させた。

「うぅ……獣臭いわ……」

「これで生存率が上がると思えば安いものだろ。あとは──」

 ナイフをしまって、魔法マジツク道具アイテム──変化の魔石を取り出す。

「貴重品なんだけどな」

 魔石は様々な魔法の力が込められた石だ。

 使用する度に石に封じられた魔力が減ってしまい、最後は砕けてしまう。

 だが魔力のない者でも使用可能の為、高価ではあるが便利な品だった。

 さて、これを何に使うかというと──俺は魔石を強く握った。

 すると魔石が輝き効果が発動する。

「これで見るからにワーウルフだな」

「あとはバレないことを祈るだけね」

 俺たちの姿はワーウルフに変化していた。

 変化と言っても幻覚の魔法に近い。

 見た目以外は人間のままなので決して油断はできないだろう。

 ここからは迅速よりも慎重に。

 生き抜くことを第一に考えながら、俺たちは行動を開始した。

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