〇プロローグ 救う者たち 3

 一歩踏み出す度に、ズシン、ズシンと重みが全身を打つように伝わってくる。

 中々経験することではないと思うが、勇者のかんおけはマジで重い。

 それでも俺は足を止めず全力で走る。

 今のうちに一歩でも魔物と距離を取りたい。

「ガブガブッ……──っ!?」

 ようやく、魔物たちも棺桶がなくなったことに気付いたらしい。

「ゴブッ!」

「すらら〜!」

「ガアアアアアッ!」

 バタバタバタバタ! バタバタバタバタ!

 響き渡る足音を聞けば、俺たちを追って来ていることが見なくてもわかった。

 というか、振り返っている余裕はない。

(──逃げ切れるか!?)

 足音はどんどん近付いてくる。

 ブンッ! ボンッ! バンッ!

「おごっ!?」

 棺桶に何かが当たってその衝撃が腹にきた。

 恐らく、ゴブリンがこんぼうでも投げつけたのだろう。

「てめぇら! 物を投げるんじゃありませんって、お母さんに教わらなかったのか!」

 全力疾走しながら苦情を飛ばした。

(……マズい。もう……直ぐそこまで来てる)

 だけど──

「だああああああああっ! 追いつかれてたまるかよおおおおおっ!」

 俺は気合を入れる為に咆哮した。

「絶対に逃げ切ってやるからなあっ! うおおおおおおおおおっ!」

 もう一度叫び、今の全力を超えて、俺はさらに加速する。

(──もう直ぐだ)

 首都ルミナスの正門が近付いてくる。

 もう衛兵の姿が見えていた。

 だが、ここで緊張の糸を解くわけにはいかない。

 町に逃げられれば棺桶が奪還不可能だとモンスターたちはわかっている。

 だからこそ、必ず何か仕掛けてくる。

「すらっ! すらら〜!」

 ぷよん、ぷよん、ぷよんぷよんぷよん、ぴょんぴょん!

(……なんだ?)

 これは何かが飛び跳ねる音?

 疑問を感じた瞬間、俺の上空に影ができた。

 不意を突かれて、俺は思わず見上げてしまった。

「は……はああああああああああああっ!?」

 飛び跳ねた無数のスライムが、俺目掛けて急速落下してきたのだ。

「なんだよそれえええええっ!?」

 この光景はまるでスライムの雨だ。

 スライムたちが分裂して降り注ぐ。

 しかもその全てが急速落下。

 パンッ! パンパンパンッ!

「あっぶなっ!?」

 俺に当たることなく地面にたたきつけられたスライムの粘液が弾け飛んだ。

「だあああああっ! スライムがこんな行動するなんて……!」

 もし直撃したら、ぷにぷにした柔らかいスライムといえど、ダメージは避けられない。

 いやダメージを与えることよりも、時間を稼ぐことを目的としているのか?

 冷静な思考を保ちながらも生まれる焦り。

(──いや、ここに来て任務失敗なんて有り得ない!)

 俺は空を見上げて降ってくるスライムたちを見つめる。

「当たるかよっ!」

 走り続けながら左右に身体を動かし、落下してくるスライムを避けていく。

 首都ルミナスはもう直ぐ。

 だが──

(あれ……いや、ちょっと待てっ!?)

 このスライムの雨がルミナスに降り注ぐことになれば、少なからず住民たちは大混乱。

 町に被害が出てしまうだろう。

(……しまった)

 今になって気付いた。

 一度、ルミナスから離れるか?

 だが、体力が落ちている状況でモンスターから逃げ切れるか?

 もし俺が捕まれば、勇者のかんおけはモンスターに──

「迷わず突き進みなさい」

 聞き覚えのある女性の声。

 抑揚のない、でも不思議と力強く感じる言葉が聞こえて、俺の迷いは消えていた。

 なぜなら俺は──この人を信じているから。

「了解しました!」

 俺はただ前だけを見る。

「らあああああああああっ! これで──」

 ラストスパート。

 降り注ぐスライムの雨を避けながら、追ってくるモンスターから逃げ切る。

 そして──俺はついにルミナスの門をくぐった。

「お疲れ様──あとは『私たち』に任せなさい」

 直後、頼れる先輩とすれ違った。

 俺に『迷わず突き進め』と言ってくれた妙齢の女性。

 その長い黒髪が風に靡き、俺は思わず目を奪われる。

 彼女は救助レスキユーギルドの副隊長であるユリフィ・ネクスネル。

 このルミナスにある救助レスキユーギルド──第三救助機関サードのエースにして、黒の救済とも呼ばれる最上位隊員トツプレスキユーの一人だ。

 その救援技能レリーフは、

「──重力制御グラビテイ

 彼女が呟いた瞬間。

 空から落下するスライムの周囲に黒い重力波が生まれ、その全てが静止した。

 視界の範囲内に存在する対象の重力を制御する。

 それが黒の救済──ユリフィ・ネクスネルの力だ。

重力制御グラビテイ──落下フオール

 ユリフィ副隊長は鋭利な眼差しと共に能力を発動させると、上空に静止していた粘液状の怪物が急速落下。

 町に迫っているモンスターの群れに、空から降り注ぐスライムが衝突していく。

 モンスターたちも、まさか同じ魔族から攻撃を受けるとは思っていなかったのだろう。

 動揺して完全に大慌てになっていた。

 そして、ひとしきりスライムの雨が降り注いだあと──

「んじゃ皆さん、あとは討伐よろしくお願いしま〜す!」

 まるでタイミングを見計らったように、背後から明るく軽快な男の声が聞こえた。

 続けて「うおおおおおっ!」と男たちの叫びが町中に響く。

「ルミナスの平和は我々が守るぞ!」

「討伐数を稼ぐチャンス! でも、怪我はしないように!」

「報酬は山分けだからな」

 門を出て行ったのは屈強な男たち。

 彼らはこの町の衛兵や冒険者たちだ。

「おう後輩、大変だったみたいだな」

 気さくな笑みで俺を労ってくれたのは、救助レスキユーギルドの先輩──ラグネル・ハーミットだ。

「ラグネル先輩……助かりました」

「隊長からお前が勇者の救助レスキユーに向かったって聞いてな。町の衛兵と冒険者ギルドに支援要請をしておいたのが役に立ったぜ」

「ありがとうございます!」

 ユリフィ副隊長やラグネル先輩は、いつも俺のピンチを予見しているように準備がいい。

「ま、新人のフォローも仕事のうちってな? オレもそうだったしよ」

 先輩は俺を気遣うように言った。

 町の皆さんから聞いた話では、ラグネル先輩は新人の頃から優秀で大活躍だったらしい。

 いつか、俺ももっと──。

「まだまだ未熟ですけど、俺も……一日でも早く、最高の救助隊員レスキユーになってみせます! どんなピンチからも、みんなを助けられるような、そんな救助隊員レスキユーに!」

 俺の決意を聞いて、先輩は嬉しそうに笑った。

「お! いいねぇ〜目標は高くデカく持つべきだ! さ、ここはオレらに任せていいぞ」

 言って先輩は俺が背負っているかんおけに目を向けた。

「ありがとうございます! ──行ってきます!」

 先輩に感謝して俺は駆け出した。

 勇者の棺桶を回収したがまだ任務は終わっていないのだ。

「おらああああっ! モンスターどもが! 日頃の恨みじゃああっ!」

「この前はよくもおれの顔を、スライム粘液塗れにしてくれたなぁっ!」

「ゴブリンてめぇっ! そりゃこの前なくした俺の斧じゃねえか! 名前入りなんだよそりゃあ! てめぇが盗んだか! 盗んだのはてめぇだったかあああっ!」

 まるでお祭りか? というほど門の外が騒がしくなっていて、俺は思わず苦笑してしまう。

 この調子ならモンスターの討伐も直ぐに終わるだろう。

「さ〜て、ちゃんと蘇らせてやらないとな!」

 俺は依頼書に書かれた最後の仕事をこなす為に、教会に向かうのだった。

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