第127話 ギルドルムの異変
「おいてめえ! 素材の買い取り価格がこれっぽっちってのはどういうこった!」
「い、いやあの、それはぁ……」
情報収集と奴隷契約解除アイテムの使用申請のために立ち寄った街、ギルドルム。
なぜかやたらと人の少ないギルドに首を傾げていたところ、受付で声を荒げる冒険者の一団に遭遇した。どうやら素材の買い取り価格に納得がいかず抗議しているらしいけど……その恫喝めいた怒声は明らかに一線を越えている。
気の弱そうな兎獣人の受付嬢さんはぷるぷると震え上がっており、僕は思わず両者の間に割り込んでいた。
「あの、ちょっと」
「ああ!?」
リーダー格らしき女性の猪獣人が睨み付けてくる。
けど僕は一切怯まず冷静に指摘した。
「その素材ですけど、そんな状態じゃあ買い取り価格が低いのも当然だと思いますよ」
指さすのは、ボロボロのモンスター素材。
レベル50モンスター、ビッグバイソンの毛皮だ。
「毛皮に傷が多いですし、こっちなんて火炎魔法で広範囲が焦げてます。引き取ってもらえるだけマシなんじゃないかと」
「はあ、なんだてめえ? ガキがなにごちゃごちゃ抜かしてやがる」
猪獣人の女性が不愉快そうに鼻を鳴らす。
そして次の瞬間にはこちらをバカにするように口角をつり上げ、
「〈ギフト〉を授かったばっかのガキがイキりやがって。んな偉そうに抜かすくらいなら、よっぽど綺麗にモンスターが狩れるんだろうな?」
「ええと、いちおうは」
言って、僕は〈ヤリ部屋〉からビッグバイソンの毛皮を10枚ほど取り出した。
この街に到着する直前、『なんかピンときましたわ! この辺りで気付け薬の素材になるガチムチ草を採取しておきましょう!』というシスタークレアの予言に従って森に入った際、ついでに狩っておいたモンスター素材である。
男根で急所をひと突きしたので、毛皮は作り物のように綺麗なままだ。
「買い取り価格に不満の声をあげるなら、せめてこのくらい綺麗に狩らないと」
「は……?」
唖然とする猪獣人の女性へ諭すように告げる。
だが女性は次の瞬間、怒りに顔を赤く染めると、
「てめえ……アイテムボックス持ちってこたぁ〈商人〉や〈運び屋〉系の〈ギフト〉だな!? 他人の狩った素材で人様をバカにするたぁ良い度胸だ!」
パーティメンバーとともに僕を取り囲み、いきなり殴りかかってきた!
躱すのは簡単だけど……あまり暴れるとギルドに迷惑がかかる。
なので僕は――その拳を顔面で受け止めた。
「へへ、調子に乗るから……って、は?」
猪獣人女性の顔が驚愕に歪む。
なぜならレベル300を超えた僕の身体は、近接職らしい女性の拳ではビクともしていなかったからだ。
「な、なんだこいつ!? おいてめえら! ぼーっとしてんじゃねえ!」
「へ、へい!」
パーティリーダーらしい猪獣人の号令に従い、部下が僕を拘束。
そして猪獣人の女性は「どういうインチキか知らねえが……」と悪い笑みを浮かべると、
「さすがにこれは効くだろ!」
僕の股間を蹴り上げた。
瞬間――ゴギンッ!
「っ!? ぎゃあああああああああああああああっ!?」
「っ!? リーダー!?」
まるで尖った鋼鉄に全力で蹴り込んだかのように、猪獣人の女性が悶絶した。流血した足を押さえのたうち回る。
他のパーティメンバーもなにが起きているわからず困惑の表情を浮かべ、平然としている僕を化物かなにかのように見下ろしていた。
僕はそんな彼らの手を掴み、片手で一人ずつ持ち上げ、
ドゴオオオオオオン!
ギルドの備品を壊さない程度の威力で投げ飛ばす。
これで少しは頭を冷やしてくれるだろう。
「あんまりギルドに迷惑かけると自分の首を絞めることになっちゃいますから、値上げ交渉もほどほどにしたほうがいいですよ?」
「な、なんだこいつ!?」
「〈商人〉じゃねえのかよ!?」
「ぐ……っ!? クソッ、行くぞお前ら!」
冒険者たちは戦くように漏らすと、提示された買い取り金をかっぱらうように受け取りギルドを出て行ってしまった。
うーん、あの様子だとあとでもうちょっと言い聞かせておいたほうがいいかもしれない。
ともあれ、とりあえずいまは十分だろう。
僕は意識を切り替え、兎獣人の受付嬢さんへ向き直った。
「すみません、お騒がせしちゃって。大丈夫でしたか?」
「え、あ、ひゃい! こちらこそありがとうございます! か、買い取り価格の件とか、本当は私がちゃんと説明しないといけなかったのに。私、気が弱くて、いつもあんな調子で……」
長い前髪で顔の隠れた兎獣人の受付嬢さんは申し訳なさそうにウサ耳を伏せる。
「いえいえ、割り込んだのは僕ですから。お騒がせしたお詫びと言ってはなんですが、僕のほうでもビッグバイソンの素材を納品しますよ」
「え!? わ、わ~。いいんですか!? こんなに上質な素材、とっても助かりますっ」
と、僕が差し出した素材に受付嬢さんはようやく笑顔を見せてくれた。
かと思えば「はっ」と気づいたように居住まいを改め、
「あ、す、すみません一人ではしゃいでしまって。ギルドへは用事があっていらっしゃったんですよね? 改めまして、受付嬢のミルコレット・バーニーと申します。本日はどのようなご入り用でしょうか?」
頑張って受付嬢さんらしい表情を作るバーニーさん。
そんな彼女を微笑ましく思いつつ、
「実は僕、こういう者なんですけど……」
僕はエリオールの偽名で登録したギルドカードをこっそり提示した。
「奴隷契約解除アイテムの使用申請がしたいので、ギルドマスターに話を通してもらえると助かります」
「え、契約解除アイテムの申請って……え!?」
途端、バーニーさんがぎょっと顔をこわばらせた。
「え、S級冒険者……!? 14歳で……!? ひゃ、ひゃあああっ!? い、いますぐ、いますぐギルマスをお呼びいたしますのでおかけになっておもちくださいぃ……!? あわわわわっ」
「あ、あの、そんなに慌てなくて大丈夫ですよ!?」
何度も転びながら、声を抑えた悲鳴をあげてギルドの奥に引っ込んでしまうバーニーさん。そんな彼女を心配しつつ、僕たちはなぜか人気の少ないギルド内でギルマスを待つのだった。
「いやはや、バーニーを庇ってくれて礼を言う。あの子は仕事のできる良い子なのだが、なにぶん荒くれ者に舐められやすくてな……。それと素材についても助かった。他にも良い品があれば高値で引き取るぞ」
執務室で僕らを出迎えてくれたギルドルムのギルマス――トーマスさんは、かなりお年を召した猫獣人のおじいさんだった。
好々爺という言葉が似合うトーマスさんは、朗らかな声で先ほどの騒ぎについてお礼を言いつつ、僕らにお茶を勧めてくれる。
年の功なのか14歳のS級冒険者という存在にそこまで驚いた様子もなく、かなり友好的な印象だ。これなら奴隷契約解除アイテムの申請もすんなりいきそうだと僕たちは安心して挨拶代わりの談笑を続けていたのだけど――、
「それで……奴隷契約解除アイテムの申請についてなんだがな」
トーマスさんがお茶をすすりつつ、ぼそりと声を漏らす。
その声は先ほどまでの朗らかな様子とは一点、どこか深刻そうな様子で。
僕たちが不穏な空気を感じ取っていたところ、
「実は、それはいま無理なんだ」
「え」
トーマスさんの言葉に思わず声が漏れる。
だけど数瞬後、僕はその言い回しに引っかかりを覚えた。
いまは?
「それってもしかして……ギルド内に冒険者の姿があまり見えないのとなにか関係があるんですか?」
「さすがはS級。察しがいい。……歩きながら説明しよう」
言って、トーマスさんはギルドを出る。
案内してくれたのは、ギルドの近くにある治療院だ。
その大きな施設で慌ただしく駆け回るヒーラー系の〈ギフト〉持ちに「ご苦労」と声をかけつつ、トーマスさんは語る。
「知っての通り、奴隷契約解除のマジックアイテムはその性質上、厳重な管理がなされている。普段は大規模ギルドの地下深くに封印保管され、取り出して使用するにはギルドの上位職員5人の登録魔力とギルマスである儂の許可印が必要不可欠。だが――」
言って、トーマスさんが治療院の扉を開いた。
「――いまこの街はとある怪現象に見舞われており、契約解除アイテムの取り出しもままならんのだよ」
「な――!?」
瞬間、僕たちは目を見開いていた。
なぜならそこには――100人を軽く超える冒険者とギルド職員、衛兵らしき人たちが生気のない顔で苦しげに横たわっていたのだから。
トーマスさんが沈痛な面持ちで続ける。
「もう何日も目を覚まさない者が連日のように増えていく。治療を施しても日に日に衰弱していくだけで回復の兆しもない。このままではアイテムの取り出しはおろか、ギルドの運営も街の防衛もままならん」
そしてトーマスさんは真剣な声音で、
「異国のS級冒険者殿。どうかこの怪現象の解決に力を貸していただきたい」
まだ14歳の僕に、猫耳の生えた頭を深々と下げた。
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エリオ君の新技、男根カウンター(使えるシーンがなさすぎる)。
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