第125,5話 シスタークレアの楽しい宗教勧誘講座(※下ネタがないです)

「ロマリア教なんてクソ食らえですわー!」


 シールドアの事件を解決した翌日。

 街の酒場でお酒をかっくらったシスタークレアが雄叫びをあげ、酔客に祭り上げられていた。


「うおー! いいぞねーちゃん!」

「そうだそうだ! 大陸一の宗派だからってでかい顔しやがって教会の連中め!」


 僕のスキルのおかげで一時的に食糧事情が良くなった街は久々の食料制限解除に湧いており、そこら中で飲めや歌えやの大騒ぎ。


 その盛り上がりのなかで、教会の悪口を言いふらすシスタークレアはちょっとした人気者になっていたのだった(ちなみに、食糧事情の改善は表向き、街の秘密食料庫の解放と優秀なアイテムボックス持ち商人が来訪したおかげ、ということになっていた)。


「クレアさんは本当にロマリア教が嫌いですね……」

  

 仮にもロマリア教の最高指導者である〈宣託の巫女〉クレアさんに、いちおうロマリア教徒である僕は複雑な思いとともに声をかける。

 するとお酒を補充しにテーブルに戻ってきていたクレアさんはあっけらかんと、


「いえいえ。実はわたくし、言うほどロマリア教自体は嫌いではありませんわよ?」

「そうなんですか?」

「ええ。正確にはいまの教会と曲解された教義が嫌いなのであって、ロマリア教自体は……もっといえば宗教そのものは結構好きですわ。合理的で」

「合理的?」


 意外な言葉に僕は聞き返す。

 シスタークレアは僕の隣に腰を落ち着かせてお酒をがぶ飲みすると、へべれけ状態で語り始めた。


「宗教とは本来、人々を幸福にするための合理的かつ実践的な教えが多いのですわ。たとえば、そうですわねぇ……多くの宗教では死者の弔い方がきっちり決まっていますわよね?」

「それはまあ」


「死者を弔う方法というのは本来とてもデリケートかつ答えなどない問題。もし宗教によって問答無用の正解が決まっていなかったら、死者一人一人に対してやれこうしたほうが良い、やれああしたほうが良いと答えのない議論が勃発。遺言でも残っていない限り、残された者が気持ちに区切りをつけることもままならない状況が続きますわ。ですが教義に決められていれば、それだけで無用な心労が減って救われますの」


「言われてみれば……」


「他にもこんな場合もありますわ。とある遠方の宗派には「汝、隣人を助けよ」というロマリア教の教義に似た教えがありますが、このように人助けを推奨する教えもまた、実は人を幸福にする合理的な教えなんですの」


 つまみをボリボリ頬張りながらクレアさんが続ける。


「人は本来、誰かを救い助けることに喜びを見いだす尊い生き物。ですが同時に、なにか理由がなければ自発的に動くことができない弱さも兼ね備えているんですの。恩があるから、好きな相手だから、仕事だから、といった理由がなければ動けない。お節介かも、うっとうしがられたどうしよう、失敗するかも、という恐れが尻込みさせる。……ですが神様が他人を助けろと言っているなら? 誰かを助ける機会が爆発的に増える。そして実際に良い気分になる時間が増えていきますの。というわけで皆様、神様が隣人を助けろとうるせぇので、一緒にこのおつまみの殻を剥きましょう」

「は、はぁ」


 シスタークレアがテーブルで話を聞いていた街の人たちに声をかけ、殻付き木の実の山を処理しはじめる。そして食べやすい状態になった木の実を隣のテーブルに「贈り物ですわー!」と雑に放り投げれば、


「お? なんだよおめえら気が利くな!」

「ありがとよ! ほれおごりだ!」


 隣の酔客からは笑顔とともにお酒の返礼。

 それを僕たちが困惑しつつも温かい気持ちで受け取れば、


「ほら、神様が押しつけてくる教えのせいで良い気分になってしまいました」


 シスタークレアが返ってきたお酒をがぶ飲みしながらふにゃっと笑っていた。


「宗教は剣や魔法と同じ。使い方次第で人を脅かしもすれば、救うこともできる強力な武器発明なんですの。この世界を作り〈ギフト〉を授けてくれるといわれる神様に尽くし敬うという建前も結構ですが、教義とは本来このように、人が生きやすくするためのノウハウの塊だったりしますのよ」


「これは確かに……」


 意外にも説得力のあるシスタークレアの説明に、僕だけでなく獣人たちまで感心したような表情を浮かべていた。一見して綺麗事に見える教義が実際に効果効能を示したのだからある意味当然だ。


 けどそう考えると、いままでただ国教だから家の教えの一部だからとどこか儀礼的にやっていた習慣ひとつひとつに打ち込む姿勢も変わってくるな……と僕が考えを少し改めていたところ、


「――とまあ、こういう風にだまくらかして教徒を増やすんですのよ?」


 にやり、とシスタークレアがからかうように笑った。

 いやちょっと! 途中までなんかいい話だった気がするんですけど!?


「わはは。まあ安心してください。こういう詐欺師めいたやり方は嫌いなので、強力な洗脳を解いたりするとき以外は使いませんから! 今日のところはまだまだ素直なエリオ様に免疫をつけていただきたかったということでご了承ください」


 言って、シスタークレアは再び酔客の中心に突撃。

 酒をあおりながらシルビアさんに肩車され、再度教会の悪口で盛り上がるのだった。


「あの人は本当に……」


 とんでもない人だ。


 けどなんというか、先ほどシスタークレアが解説してくれた教義の合理的側面にはなんとも妙な説得力があって……。


(どこからどう見ても破戒僧なんだけど……やっぱり大陸最大宗教国家の指導者なんだなぁ……)


 そんなことを改めて痛感しつつ……僕は再びアリシアやソフィアさんとともに料理を頬張り、街の賑わいを楽しむのだった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――

 ちなみに今回のSSの元ネタは「完全教祖マニュアル」という新書になります。新興宗教を立ち上げてちやほやされながら金を稼ごう! という一見ヤバいテーマを軸に、宗教が人を集めるやり口などを皮肉めいた笑いとともに解説してくれる大変面白い本です。


 そして連載1周年! 

 ということで予告していたお知らせですが……淫魔追放、全年齢向けレーベルで書籍化します(正気か?)。諸事情あって発売日が遠かったりするんですが、その辺の説明も含め、詳しくは夕方に改めて文章投下しますね!


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