第96話 淫臭に呼び寄せられた小さな救世主
女帝旅団から水源浄化の依頼を受けた僕とアリシアが宿に戻ると、ゴミ箱の中から小さなスライムが出てきた。
普通なら市街地に出たモンスターなんてすぐに退治すべきなんだけど――
「……っ! ……っ!」
プルプルプルプルプルプルッ!
両手に乗るくらいのサイズしかないその小さなスライムは小刻みに震えるだけで、襲いかかってくる気配すらない。
こ、これをいきなり討伐するのはちょっと……と躊躇う僕の隣でアリシアが首をかしげる。
「……なんだか、すごく怯えてる。……そもそも、なんでこんなところにスライムがいるんだろ……?」
「あー、もしかするとダンジョン崩壊のときの討ち漏らしかも」
ダンジョン崩壊を阻止してからしばらくは、復興と並行して街の中に逃げ込んだモンスターを掃討する時期があった。
このスライムはそのときの生き残りで、いまのいままで小さな身体を利用して逃げ隠れしていたのだろう。
ただ、それがこのスライムにとって幸運だったかといえば微妙なところだ。
逃げる過程で同胞が討伐されるのを見続けてきたのか、人間に追い回される危機が何度もあったのか。
スライムはモンスターとは思えないほど人に怯えきっていて、僕らがちょっと身じろぎするだけで「ビクッ!」と身体を震わせるほどだった。
「な、なんか可愛そうだなぁ。……あ、そうだ」
これだけ人に害意がないなら少しくらい……と僕は思いつき、〈ヤリ部屋〉からあるものを取り出した。
素材売却のために溜め込んでいたモンスターの死骸。その一部だ
「ほら、怖くないよ」
使い道がなく、廃棄するしかないような小さな骨をスライムに差し出す。
「……? ……?」
スライムは差し出された僕の手にまた「ビクッ!」と震えるも、骨の存在に気づいて少し様子が変わる。
スライムは〈水辺の掃除屋〉ともいわれ、腐敗したモンスターの死骸やいろいろな汚れを食べるモンスターだ。
ゴミ箱の中にいたのも恐らく汚れ=ご飯を探しての行動だろうし、逃げ隠れ続きできっとお腹を空かせているはず。
そう思ってスライムに骨を差し出し辛抱強く待っていたところ、
「……もちゃ」
食欲には勝てなかったのだろう。
警戒するように固まっていたスライムが恐る恐る骨を体内に取り込んだ。
半透明の体内で骨がじわじわと溶けていく。
途端――ぺたんぺたん!
よっぽど美味しかったのか、スライムがぽよぽよと跳ねる。
か、可愛い……!
「ほら、まだあるよ」
「……!」
続けて骨をあげると、今度は警戒することなく僕の手からエサを食べた。
かと思えば――すりすり。
エサを取り込みながら僕の手に身体をよせてきて、ひんやり滑らかな肌触りが心地良い。
ついには僕の胸に飛び込んでくるようなかたちでスライムが食事を摂り始めて、最初の怯え様が嘘みたいだった。
「……エリオ、次は私も……」
その人なつっこさに触発されたのか、今度はアリシアが骨をあげる。
すんなりエサを受け取ったスライムは僕の中でまたぽよぽよと跳ねてご機嫌だ。
「……かわいい」
僕の腕の中で骨を食べまくるスライムを撫でながらアリシアが優しく微笑む。
なんだか子犬を愛でているような心地よさだ。
「〈テイマー〉はできるだけ人なつっこい特殊なモンスターを探して従魔にするっていうけど、このスライムもその類いなのかな?」
と、水源調査のアレコレを一時だけ忘れて迷いスライムに癒やされていたときだ。
ぺかーっ!
「「っ!?」」
僕の胸にすりすりと身体をこすりつけていたスライムが妙な光を放った。
と同時に、なんだか僕のアソコがムクムクと熱くなって……あれ!? これってまさか!? と僕はステータスプレートを表示する。
するとそこには普段のステータスとは別に、こんな表示が増えていたのだ。
〈淫魔〉の眷属
名無し 0歳 種族:ミニマムスライム レベル1 メス
所持スキル
〈ご飯探し〉Lv1
「やっぱり! 〈従魔眷属化〉スキルが発動してる!?」
それは先の戦いを経て取得した新しい力。
鑑定水晶で事前にチェックした際に「従えたモンスターを2体まで〈淫魔〉の眷属にする。眷属の力や数は本人のレベルに比例」という端的な説明しか表示されなかった〈淫魔〉スキルだ。
内容的にテイム系のスキルだろうとは思ってたけど、こんな簡単に発動するものなの!?
「……従魔の契約はモンスターと意思疎通が完了すればいいって聞くし、結構ゆるいのかも……」
驚く僕にアリシアが推測を口にする。
それにしたってスキルの発動が軽すぎるでしょ……。
「うーん……まあ可愛いからいっか。このままどこかに逃がすのも無責任かなと思ってたし」
「〈淫魔〉の眷属にする」っていうスキル説明がちょっと怖いけどね……。
と、この可愛いスライムが僕の変なスキルに穢されやしないかと不安に思っていたときだ。
ぺたんぺたんっ。
「わっ、どうしたの?」
骨を食べきったスライムが僕の腕から飛び出した。
そのまま一直線に僕の鞄に突撃し、中に潜り込む。
次の瞬間、スライムが鞄から取り出したのは一本の透明な容器だった。
女帝ステイシーさんから渡された、汚染水のサンプル入り密閉容器だ。
「……(ぺちぺち)」
スライムはまるで「あけて、これあけて」とばかりに容器にまとわりつく。
そこで僕ははたと気づいた。
「あれ……? これってまさか、汚染水の場所を感知した?」
鞄の中に隠されて目視できず、匂いも漏れていないはずの汚染水サンプルにまっすぐ辿り着いたスライム。
そこで思い出されるのは、スライムというモンスターの生態だった。
先ほど少し言ったようにスライムは〈水辺の掃除屋〉とも言われる存在で、モンスターの死骸や毒、よどんだ魔力、腐敗した水など、様々な「汚れ」を好んで食べる。
その性質から「汚れ」を感知する第六感能力に優れていて、結構な遠方からも頑張って集まってくると言われているのだ。加えてステータスプレートに表示された〈ご飯探知〉というスキル。
これはまさか……と汚染水を与えてみたところ、
「(ごくごく!)」
美味しそうに飲んだ!
さすがに瘴気を一気に浄化する力はないみたいですぐ満腹になっちゃったみたいだけど、この子は確かに汚染水を質の良いエサとして認識してる。だとしたら……!
「眷属化したなら言葉も通じるかな? ちょっといまの汚染水を探してみてくれる?」
「(ぺたんぺたん!)」
まるで僕に頼られたのが嬉しいかのようにスライムが跳ねる。
僕の腕におさまると小さな突起をにゅっと伸ばして道を示し――見事、汚染水で満たされた井戸に辿り着いてみせた(いままで井戸に逃げ込まなかったのは、周囲に人が多かったからだろう)。
念のため室内に隠した汚染水でも同じ事を試してみたけど、百発百中だ。
「すごい! まだレベルは低いから探知範囲はそこそこだけど、より汚染の濃い水を優先して探知するし、これなら汚染の原因探しもすぐだよ!」
レベルが低いのは道中に育成すればいいし、仮に低レベルでも汚染原因の特定に役立ってくれるに違いない。いきなり〈眷属化〉スキルが発動したときはどうしたものかと思ったけど、これはちょっとした運命だったのかもしれない。
「よし、それじゃあ今回の仕事には君も一緒に……って、あ、そうだ」
スライムを抱きしめながらふと気づく。
せっかく眷属になったんだし、これから一緒に仕事をするんだ。
名前をつけてあげないと。
うーん、そうだなぁ。
「……飛び跳ねるときの「ぺたんぺたん」って音が可愛いし、名前はそこからとって「ペペ」にしよう」
「(ぺたんぺたん!)」
僕の命名が嬉しかったのか、スライム――ペペがまた嬉しそうに跳ねる。
決定だ。
「……よろしくね、ペペ……」
そうしてアリシアが微笑みながらペペを撫でる傍ら。
ペペとの出会いで問題解決の兆しが見えた僕は、はりきって水源調査の準備を再開するのだった。
「ぷるぷる……アソコから美味しそうな気配のする優しいごしゅじんしゃま……しゅき❤ じゅるり……」
モンスターであるはずのペペがなにか呟いたことなんて、まったく気づかずに。
―――――――――――――――――――――――――――――
アリの女王レジーナさんがめちゃくちゃ嫉妬しそう。
※「ペペ」はれっきとした人名ですし、なんならアクセサリーブランドの名前になるくらい健全なので、他の意味なんてないですよ?
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