第92話 上書き仲良し


『……っ!? なんだここは!? さっきまで屋外にいたはずなのに……!? クソガキ、てめえなにしやがったぁ!?』


 ソフィアさんに取り憑き操る女性らしき黒いモヤが、困惑の声をあげる。


 けどそれも無理はない。


 ここは僕の〈ヤリ部屋生成〉スキルで生み出した異空間。

 いきなり引きずり込まれれば、周囲の光景がいきなり変わったことや天井付近に掲げられた「セッ●スしないと出られない部屋」というご丁寧な大文字に大混乱することだろう(誰が書いたのアレ? 外せないの?)。


 けど僕は大混乱する黒いモヤに説明するなんて優しいマネはしない。

 むしろ、より混乱する言葉を投げつける。


「ソフィアさん。僕はいまからあなたを――あなたの罪を犯す」


 あなたを助けるために。

 あなたに凶行を犯させた元凶を祓うために。


『……っ!? はぁ……!?』


 黒いモヤが困惑と嫌悪が混じったような声を漏らした。


『なにをわけわかんねえこと言ってやがるてめえ!? ああもういいわかった殺してやるよ! この雑魚ソフィアの身体が壊れるような全力で! てめえが死ぬかソフィアが死ぬか! どっちも無事なんて甘っちょろいこと言ってられねえくらい無茶苦茶になぁ!』


 言葉通り、黒いモヤがソフィアさんの身体を操り、とてつもない速度で突っ込んできた。

 そのスピードは先ほどの戦闘時よりもなお速い。

 無理矢理リミッターを外されたようなソフィアさんの身体が悲鳴をあげて向かってくる。


 けど、


「甘い」

『なっ!?』

 

 僕はその突撃を、股間から伸びた枝分かれ男根であっさりと受け止めていた。

 

「この部屋には既に、男根領域を展開済みだ」


 それにいくら身体の限界を超えたところで、そこには気配を消す技術も駆け引きもない。ソフィアさんをただの操り人形として扱う黒いモヤの単純な突撃に、僕が翻弄される理由なんてひとつもなかった。

 

 触手化した男根でソフィアさんの四肢を絡め取り、次の瞬間にはアダマンタイト化。決して壊れない枷に拘束され、ソフィアさんの身体は身動き一つとれなくなる。


『……っ! なんだその魔剣……!? ぐっ、こうなったら舌を噛んで――うむぐっ!?』


 瞬間、僕は黒いモヤに操られるソフィアさんの口に伸縮自在のアレをねじ込む。

 これでもう自害もできない。

 準備は完全に整った。


「ソフィアさん、ごめん」


 僕はもう一度謝って――彼女の衣服を優しく脱がす。


『っ!? ちょっ、おまっ、マジでなにやって……!?』


 黒いモヤが本気の本気で困惑した声を漏らした。

 それを無視して僕はソフィアさんの準備を進めていった。

 

 一般的に、洗脳スキルを解く方法は幾つかある。


 ・術者を殺す。

 ・国やギルドが所有する主従契約破棄具のようなマジックアイテムを使う。

 ・希少な呪詛解除のスキルを用いる。 


 等々、どれもいますぐには実行できないものばかりだ。


 けれど幾つかある洗脳スキル解除法の中でも、「解除」に分類していいのか微妙な方法がひとつだけあった。


 それは――より強力な洗脳隷属系スキルで上書きしてしまうこと。


 そして僕には、仲良しによって相手を隷属させてしまう〈主従契約〉という頭のおかしいスキルがあった。洗脳系スキルに強い耐性のある〈神聖騎士〉さえ隷属させてしまう強力なスキルが。


 だから――


 ビキビキビキビキィ!

『ひ――っ!?』


 スキル〈適正男根自動変化〉によって、僕のアソコが変形。

 ソフィアさんを可能な限り優しく気持ち良く救う準備を整える。

 それを見た黒いモヤがいままでの粗野な声音から一転、女性らしい悲鳴をあげた。


『ちょっ、おまっ、まさかなに考えて―――やめ、やめろ! 私とこのガラクタはいま感覚が繋がって……! お前みたいなクソガキ相手になんざ――待って! 本当に待て! 大体こんなことしてなんの意味が……あああああああああ❤❤?!?!?!?!』

 

 丁寧に。ひたすら丁寧にソフィアさんの準備を整えたあと。僕は黒いモヤの声なんて完全に無視してソフィアさんとの仲良しを開始した。


『おまっ、マジで一線越えて……っ!? 殺してやる! 絶対に殺してっ!?!?!? ク、ソがぁ!? なんでっ、ソフィアも私もはじめてなのにこんな――!?』

「うるさい」

『お――ごおおっ❤!?』


 騒がしい黒いモヤを黙らせるように、情け容赦なく仲良くする。

 ソフィアさんのしなやかな身体を、さらに強く抱きしめる。


 僕は必死だった。


 洗脳系スキルは、確かに他の洗脳系スキルで上書きできる。

 けどそれは、既存の洗脳スキルよりも強力なことが大前提だ。


(僕の〈主従契約〉スキルが黒いモヤの洗脳スキルよりも強くないと、この仲良しにも意味がない!)


 仲良しの激しさがスキルの強力さに繋がる保証はない。

 けど僕はすがるように祈るように、できる限り強力に〈主従契約〉が発動するよう、ソフィアさんの身体を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も仲良しの頂へと導いていく。


 容赦なく。


 ひたすら激しく。


 情けなんてかけるわけもなく。


 黒いモヤが『も、もうやめ――』と弱音を漏らしても完全に無視。


 そして――


「ソフィアさんから、出て行けえええええええっ!」

『出て行ぐうううううう❤❤!?!?!?!?』


 ズドンッ!

〈主従契約〉発動の条件である〝命令〟を叫びながら、ソフィアさんの弱点を全力で突く――その瞬間だった。


「――――っ!?」


 黒いモヤを打ち払うように、ソフィアさんの身体から白い光が迸る。


 それと同時――僕の脳裏に異変が起きた。

 弾けた白い光が僕の脳内に入り込んできたかのように。

 精神支配系スキルのせめぎ合いによって記憶が混線したかのように。

 僕の脳裏に見覚えのない映像が駆け巡る。


 両親を亡くしたソフィアさん。

〈ギフト〉を授かる直前、人買いに騙されてダンジョン都市に連れてこられたソフィアさん。

 ダンジョン攻略に酷使され、血姫だけが好きにできる奴隷としていびり倒される日々。


(これは――ソフィアさんの記憶が流れ込んで……!?)


 驚愕する僕の中に、さらなる映像が断片的に流れ込む。

 ソフィアさんを狂わせた、元凶の記憶が。


『酷いことをするヤツがいるものだね』


 ソフィアさんが買い出しかなにかに駆り出されている最中、半ば気力が尽きたかのように座り込んでいたとき。その頭上から優しい女性の声がかけられる。


 雰囲気や口調は違う。

 けどこれは、黒いモヤと同じ声だ。


『良い負の感情だ。私についてくれば、神様の名の下に君を救ってあげよう。すべてを壊す力を授けよう』


 そう言う彼女がローブの下に隠していたのは――教会のエンブレム。


 救いを騙るその女性の手でソフィアさんが連れてこられたのは――神聖法国首都にある大教会。その地下深く。

 ローブを剥ぎ取った女性の胸元で光るのは、神聖法国の要職を示す〈主神官〉のバッジだ。

 

 教会とも関係の深い帝都で何度も見た、偽造困難な身分証明書!


 ソフィアさんを連れてきた女性は大教会の地下でそのバッジを隠そうとすらせず――むしろ〈主神官〉だからこそ入れたらしい地下で儀式を始める。


『ダンジョン都市が1日も経たずにいきなり消滅すれば、残ったダンジョンを巡って帝国と近隣国で必ず戦争が起きる。他の仕込みも同時に発動すれば、帝都はガタガタだ。この娘にはしっかり働いてもらわなければ』


 そこから先はソフィアさんの記憶も曖昧で。

 ほとんどの時間を意識不明で過ごしたソフィアさんの意識がはっきりするころ――彼女は変わり果てていた。


 力を植え付けられ、復讐に狂った血濡れの戦姫へと。


(……!? まさか教会が――ロマリア神聖法国がソフィアさんを狂わせた元凶……!?)


 それも、少数の者が秘密裏に行っているのではない。

 神聖法国内部で少なくない数の人々が関与していた。

 下手をすれば、教会中枢の大半が黙認しているような信じがたい規模で。


(アリシアを秘密裏に追っていることといい、教会は一体どうなって――!?)


 激しい疑問が弾ける。

 捨て置けない疑念がわき上がる。

 けど次の瞬間。


『アアアアアアアアアアアアアッ!?!??!?』


 断末魔めいた黒いモヤの甘い声。

 それが響き渡った瞬間、僕の脳裏に流れ込む映像は断絶し――黒いモヤも虚空に溶けるように消え去っていった。


 そしてソフィアさんの下腹部に刻まれる、〈主従契約〉の淫らな紋様。

 

「あ……」


 と、僕が声を漏らした数秒後。

 ソフィアさんのまぶたが小さく震えて――


「……エリオール……?」

「ソフィアさん!」


 狼の耳と尻尾がピクリと揺れる。

 ゆっくりとソフィアさんの目が開く。

 その瞳は復讐に狂った少女のものなんかではなくて。


「……長い、長い悪夢を見ていた気がします。けど……あなたが……助けてくれたって……わかります……」


 長い精神支配の影響か、少し前まで暴れ回っていたせいか。それとも僕がなりふり構わず仲良ししまくったせいか。ソフィアさんの表情はぼんやりしていて、意識もはっきりしていないように見えた。けど、


「……お礼に、また一緒に、パンケーキを食べにいってくれますか……?」

「もちろんです!」


 彼女を縛っていた戒めは完全に解けていて。


 彼女の背後に垣間見えた大きすぎる脅威をいまだけは忘れ、僕は譫言うわごとのように言葉を漏らすソフィアさんを思わず抱きしめていた。


 お互いにすっぽんぽんのままで。


―――――――――――――――――――――――――――――

※2021/10/15 表現を修正しました


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る