第61話 ユニークスキル

「これが冒険者の拠点……!?」


 購入した地図を頼りに軽くサンクリッドのダンジョンを見て回ったあと。

 僕とアリシアは迎えの馬車に乗って、女帝旅団の本拠地にやってきていた。


 そこで僕たちを出迎えたのは、貴族出身の僕らでさえ驚くような大きさの建物だった。

 目を見張るのはその大きさだけじゃない。

 何重もの壁や見張り台に囲まれたその姿はまさに要塞で、屈強な冒険者が周囲を見張る様はなんともいえない緊張感と威圧感に包まれている。


 サンクリッドの三大旅団は互いに激しい抗争を繰り広げて大きくなっていったそうだから、拠点が要塞みたいになるのは必然だったのだろうけど……それにしても厳重だ。

 この他に下位構成員用の寮などもあるというのだから、三大旅団の財力には驚かされる。


 拠点の威容に圧倒されながら、迎えの冒険者に従い建物の中を進む。


 僕とアリシアは冒険者の作法ということで、武器や防具を装備したまま今回の食事会に呼ばれていた。

 けどさすがに外套を羽織るわけにもいかず、アリシアはルージュさんから譲ってもらった特殊なアイテムで念のために髪と目の色を変えている。短時間しか作用しない変装用のマジックアイテムだ。


 そうして夕食会の会場へと案内された僕たちを、〝女帝〟ステイシー・ポイズンドールさんが出迎えてくれる。


「まあ、待っていたわ。エリオール君にアリィちゃん。ようこそ、我が女帝旅団の拠点へ」


 そこは分厚い鉄扉に隔てられた広い応接間で、用意されていた席は僕とアリシア、ステイシーさんの三人分だけだった。どうやら本当に僕たちのためだけの今日の夕食会を開いてくれたらしい。

 部屋の中には僕たちの他にも強そうな冒険者たちがステイシーさんの護衛として立っており、僕たちは緊張しながら席につく。けれど、


「ちょっとみんな。エリオール君たちが緊張しているわ。せっかくの食事会なのだから、あなたたちは出て行ってちょうだい。護衛は部屋の前ででもできるでしょう?」


 言って、ステイシーさんが側近の冒険者たちを部屋の外に追い出してしまった。

 ギィ、と重々しい鉄扉が閉じられると同時、ステイシーさんが僕らに笑いかける。


「これでゆっくりお話ができるわね。ああそうだ、これは最初に聞いておきたいのだけど、……あなたたちは二人で冒険者をやっているのよね? 恋人同士なのかしら」


 いきなりの踏み込んだ質問に面食らう。

 けどそれは僕にとって即答すべき問いで、


「ええと、はい。アリィは僕の大事な人で、ずっと一緒に冒険者をやっていければと思ってます」

「……そう。それはいいわねぇ」


 僕の答えを聞いたステイシーさんが微笑ましいものを見る目で笑う。

 その反応にどこかおかしなものを感じながら、僕も最初に確認しておきたいことがあると口を開いた。

 

「あの、食事の前に僕からもひとついいでしょうか?」

「なにかしら?」

「わざわざ食事会を開いてくれたり、僕らに気遣って護衛を下げてくれたり……駆け出し冒険者の僕たちにどうしてステイシーさんがそこまでしてくれるんですか?」


 僕の質問にステイシーさんはしばし沈黙すると、


「……ギルドでも言ったでしょう? あなたたちには見込みがあるの。この街の冒険者を仕切る者として、有望な冒険者を一人でも多く引き入れておきたいと考えるのは普通じゃないかしら」


 ステイシーさんの言い分はもっともだ。

 旅団はダンジョン攻略のために結成された大規模冒険者パーティ

 その主な活動はダンジョン攻略による資金稼ぎや他旅団との勢力争い、街の治安維持など多岐にわたるが、どの活動にも武力が必須だ。有力な冒険者を一人でも多く確保したいというのは間違いじゃないだろう。


 けどそれを旅団のトップが率先して行い、接待まで直々に行うとなると話が変わってくる。


 今日出会ったばかりで、そのうえ獅子王旅団から助けてくれたステイシーさんたちに害意があるとは思えない。かといってここまで優遇してもらえる理由もないので、どうしても違和感が拭えないのだ。アリシアの〈ギフト〉がバレたとかなら理解できるけど、そんな気配もなかったし……。


 なので食事会を断るのは不可能だったにしろ、食事に手をつけてしまう前にこの違和感を払拭しておきたかったのだ。アリシアもなんだか妙に警戒してたしね……。

 

 と、僕がステイシーさんに本当のところを話してほしいと訴えた、そのときだった。


「……旅団の頭領に素質を見込まれ重用される。そんな成り上がり物語に舞い上がってのこのこついてきたかと思えば、随分と聡いのねぇ」


「「っ!?」」


 ステイシーさんの口角が、ぎょっとするほど大きくつり上がった。

 

「もう少しあなたたちの馴れ初めや甘いエピソードを聞いてからにしたかったけど、やめだわ。面倒だし、もう本題に入りましょう」


 わけのわからないことを言いながら、ステイシーさんが僕を真っ直ぐ見つめた。

 そして、


「回りくどいのは嫌いだからはっきり言うわ。あなた、私のモノになりなさい。もちろんそこのアリィちゃんはいますぐ捨てて。すぐに私だけを愛する情婦……いや情夫になるの」


「な、なに言ってるんですか!? そんなの無理に決まってるじゃないですか!?」


 なにか無茶な要求があれば穏便かつ歪曲に断るか、遠回しに受け流すつもりだった。

 けどあまりに突拍子もない要求につい声を荒げる。


「あら、そんなことを言っていいのかしら。女帝旅団すべてを敵に回すことになるけれど?」

「……! だとしても、あなたの要求は受け入れられません」


 豹変したステイシーさんに断言する。

 情夫になれというだけならまだしも、アリシアを捨てるなんてあり得ない。

 するとステイシーさんはなぜか心底嬉しげに笑みを浮かべ、


「くふっ、あはっ、あははははははははっ! この城のド真ん中で! この私にそんな啖呵が切れるなんて! よっぽどその子のことが大切なのね。青臭くて本当に微笑ましいわ。本当に本当に微笑ましくて…………奪いがいがある」


「……っ!」


 確信をもってアリシアから僕を――僕の心まで奪えると確信しているようなそのドス黒い視線に怖気が走った。

 

 嫌な予感がして、僕はアリシアと一緒にすぐ部屋を飛び出そうとする。

 適当に彼女らの視線から逃れた場所で〈現地妻〉を使えば、瞬間移動について知られることもなく振り切れると思ったのだ。けど、


「が――っ!?」

「エリオ……!?」


 攻撃の気配も罠の気配もまったくなかった。

 なのに僕はその場から一歩も動けなくなる。

 意識に霞がかかったようになり、ステイシーさんから離れることを心が拒否していた。

 驚愕に染まったアリシアの声が霞がかった意識の中にぼんやりと響く中、


「ユニークスキル――〈少年殺ラバースレイブし〉」


 愛しのステイシーさんの声だけがやたらとはっきりと耳に響き、僕は彼女のもとへとふらふら吸い寄せられていた。


 ――――――――――――――――――――

 レイニーさんが殺してでも奪いに来そうなユニークスキル。

 ※そういえばいつの間にか100万PVいってました! 皆様の応援のおかげです、ありがとうございます!!

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