第13話 冒険者登録


「……なんだかすごく良い武器が手に入っちゃったね」


「うん……いくらなんでもこれは、いまからでも返しに行きたくなるなぁ……」


 僕はアリシアと街を歩きながら、手に入った分不相応の武器に少しドキドキしていた。

 さすがにアダマンタイトと化した僕の男根剣に比べれば常識的な範囲の武器だけど、それでも頑丈さや威力は普通の剣とは比べものにならない一品だ。

 

 さらにウェイプスさんは「手入れも任せとけ。あと素材さえ採ってきてくれりゃあ、武器や防具の新調も格安で請け負ってやるから、遠慮無く言えよ」とまで言ってくれたし、なんだかもう至れり尽くせりだ。


 けれどまあ、ああまで言ってくれた人の申し出を断るのも逆に悪い。

 僕はウェイプスさんの厚意をどうにか受け止め、次の目的地に足を向けた。



「ここがこの街の冒険者ギルドかぁ」


 僕とアリシアが次に向かったのは、街の端近くにある大きなレンガの建物だった。

 冒険者ギルト。

 国軍とは別に個々人でモンスター退治や素材採取などを行う人々に仕事を斡旋してくれる施設だ。


 主従契約破棄アイテムを使用許可を得るためには、冒険者として相応の信頼と実績を積み上げていかなきゃならない。

 そうでなくとも毎日の生活費を稼がないといけない僕たちとしては、一日でも早く冒険者として働き始める必要があった。

 父さんにもらった資金も無限ではないしね。


 カランカラン。


 アリシアとともに木製の扉を押し開く。

 どこの街でもそうであるように、ギルドの中は酒場が併設されていた。

 いかにも荒くれ者といった人たちの値踏みするような視線が突き刺さるけど、ひとまず気づかないふり。


 僕とアリシアは真っ直ぐ受付に進み、少し緊張しながら受付嬢のお姉さんに声をかける。

「今日のうちにやっておきたいことその2」だ。


「すみません、冒険者登録をしたいですけど」


「ではこちらの水晶に冒険者名とステータスプレートの登録を」


 僕とアリシアは受付のお姉さんの案内に従い、受付の隅に設置された水晶型マジックアイテムの前に立つ。

 さて、まずは冒険者名の登録なんだけど……実はこれ、偽名や愛称なんかでOKだったりする。


 僕みたいに追放された貴族の家名が広がってしまうのを防ぐために有力者たちが圧力をかけたとか、後ろ暗い人間でもギルドにとっては貴重な戦力になり得るからとか、様々な要因が噛み合った結果らしい。


 そのせいでアリシアみたいな家出した人が身を隠して活動しやすくなってしまっているけど。貴族が家出することなんてそうそうないから、いままで問題にされなかったみたいだ。

 冒険者が半ばアウトローの荒くれ商売という印象を持たれる土壌の一つである。


 というわけで僕はソーニャたちにも名乗った「エリオール」という偽名で登録。

 続いてアリシアが名前を登録しようと口を開いた。


「……え・り・お・の・お・よ・め・さ――」


「アリィ! アリィにしよう!」


 あまりに自由すぎる冒険者名を登録しようとしていたアリシアをすんでの所で止め、僕はそれっぽい名前をでっち上げる。あ、危なかった……。

〈淫魔〉とはまた違う意味で恥ずかしいことになるとこだった。


 さて気を取り直して……次はステータスプレートの登録だ。

 こちらも身分判明を避けたい場合、ギルドに開示する情報は任意で調整できる。


 僕らの場合、開示するのは性別と年齢くらいで、〈ギフト〉はもちろん秘密。

 レベルに関しても僕の数値がちょっと異常なので、騒ぎにならないよう隠蔽しておいた。

 ステータスプレート自体が偽造不能の身分証明書として個々人にしっかり紐付いているので、実績の管理や報酬支払いにはそれで十分なのだ。

 

 ただまあ、契約破棄アイテムの使用を申請する際にはしっかり身分を明かす必要があるので、そのときには僕の正体がバレることになるけど……そこはもう仕方がない。


 と、手続きを終えた僕とアリシアが受付に戻ったところ、


「14歳……名前と性別以外すべて空欄……これで登録する気ですか」


 水晶から情報を受け取った受付のお姉さんの態度が明らかに刺々しいものになる。

 そして僕らを突き放すように、こう宣言した。


「この内容で登録なされる場合、こちらの指定する方法で実戦形式の試験を受けていただくことになりますがよろしいですか?」


 来た。

 想定通りの展開に僕は「はい」と即答する。


「……大怪我をする可能性もありますし、なにがあっても責任は負えませんが?」


「大丈夫です」


 脅すような態度で繰り返される確認にも怯まず、僕は迷うことなく頷いた。

 

 冒険者稼業は冒険譚や英雄譚、それから一攫千金といった夢のある話の種になりやすい。

 そのため〈ギフト〉を授かったばかりで浮き足立った子供や身寄りのない者が登録時の匿名性を利用し、弱い〈ギフト〉や発展途上のステータスを隠すことで分不相応な活動に従事しようとすることも少なくないのだ。


 なので登録時のステータス開示情報があまりに少ない場合、ギルドは試験という体で実力を試し、場合によっては明確に心を折りに来る。

 ギルドの威信、冒険者の質の維持、そして無駄に死人を出さないために。


「おいおいやめとけガキども~」

「ここの試験官は他のとこよりずっとおっかねえぞ~!」

「なにせ高レベルの〈剛力戦士〉様だからなー」

「金が稼ぎたいなら今日の夜にでもうちの宿に来いよ、かわいがってやるぜぇ!」


 僕らの様子を見ていた冒険者たちも揶揄するように声をあげる。

 けど僕はそれでも受付前から動かず、登録の意思を示し続けた。

〈ギフト〉を隠さなければならない以上、こうした洗礼があることは想定済みだったのだから。

 

 と、そのときだ。


「なにやら騒がしいと思えば、これだから〈ギフト〉授与の直後は……冒険者を舐めた子供は今日で何人目ですか」


 ギルドの二階から、見目麗しい細身の女性が降りてきた。

 青い髪と落ち着いた雰囲気が特徴的な、二十代前半くらいのヒューマンだ。


「はぁ、私もあまり酷いことはしたくないんですが。今日は骨 何本で諦めてくれるでしょうか」


 バゴォ!

 

「私は試験官のレイニー・エメラルド。レベルは80。帰るならいまのうちですよ?」


 レイニーさんはギルドの壁――すなわちレンガをいとも容易く握り潰しながら、僕らににっこりと笑いかけた。


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