第七話:森の目覚め
朝日の光が木漏れ日となりテントの中を照らす。
小鳥がチチュンと囀り、木々が風に揺られ葉を鳴らす音色が自然豊かな音楽を奏でる。
そんな気持ちの良い朝をむかえ、ゆっくりと身体を起こして眠そうにしているのは黒髪の優男、この俺セシルだ。
テントの外に出て大きく伸びをしたところを、見知らぬ男から声をかけられる。
「───お目覚めかな。調子はどうだね? 朝食は用意してあるから好きに食べるといい」
焚き火で鍋を囲んでいる怪しげな烏面の男が声をかけてくる。
とっさに目の前の見知らぬ男を警戒し杖を向けるが、森の奥から兎を数匹捕まえて出てきたシェリアの明るげな声が間に割って入る。
「おっ、セシル起きた〜? いつも思うけど魔力切れって辛そうだよねー。あっ、その人は警戒しなくても大丈夫。私達を助けてくれた恩人だから」
シェリアの能天気な声を聞き、多少警戒しながらも俺はゆっくりと杖を下ろす。
そうだ……たしか、骨人の群れに襲われて……それで……
「も〜凄かったんだから!
どうやら俺が気絶したあと、仲間達のピンチを助けてくれたみたいだ。
俺は杖を向けてしまった事を後悔しながら、慌てて謝罪をする。
「いきなり杖を向けてしまい、申し訳ない。俺達を窮地から助けてくれたとのこと、俺からも礼を言いたい。……ありがとうございます」
「いえ、気にしていただかなくて大丈夫ですよ、警戒するのは当然のことです。……病み上がりで立ち話もなんですし、朝食に獣骨を出汁にしたスープを作っていますので、どうぞ」
「すみません。いただきます」
シェリアの隣に腰を下ろし、向かいにいる烏面の男から皿を受け取る。
香ばしい山の幸の匂いが鼻腔をつつき、自然と涎が溢れてくる。
受け取ったスープを嬉々としてすすっていると、烏面の男がゆっくりと口を開き、自己紹介をする。
「私の名はマモンという。この紛争地帯で魔術修行をしている魔術師だ。よろしく頼むよ。……たしか君も魔術師と聞いたが」
「俺はセシルと言います。聞いての通り、このパーティーで魔術師をしています。……こんな場所で魔術修行とは、何か事情が?」
「セシル!」
シェリアが責めるような口調で遮る。
しかし、マモンと名乗った男は特に気を害した様子もなくスープをすすりながら答える。
「私はただ静かに、魔術の研究に明け暮れていたいだけですよ。危険な魔術の場合、人里が近いと思わぬ被害が起きることもありますから」
「……たしかに、そうですね。大規模魔術の暴発で、街が一つ消えた話もありますし……」
魔術師というのは希少な存在であり、一騎当千となり得る存在でもある。
特に大規模魔術を行使できる者は、人族の中でもごく僅かだ。
その危険性から、大規模魔術が使用できる魔術師は例外なく国によって管理されることとなる。
「……あなたは、大規模魔術が使用できるのですか?」
恐る恐るといった様子で、目の前の男に問いかける。
マモンは顎をさすりながら少し考え始めると、やがてゆっくりと口を開く。
「……その大規模魔術が街や都市を破壊する規模の魔術という意味でいいのなら、可能です」
男の言葉にシェリアと二人で絶句する。
大規模魔術を行使できる人なんて雲の上の存在だ。
王国の式典で遠目に見たことはあっても、実際に会って話す機会なんてただの冒険者である自分達にあるわけがない。
そんな天上の存在が、目の前にいた。
「……し、失礼しました。同じ魔術師として出会えたこと、光栄に思います」
俺もある程度は名の通った魔術師だ。
魔力量が少ないのが玉に瑕だが、範囲魔術も一通り使えるし、基本属性は全て修めている。
魔術師の中でも上の方に位置していると自負していた。
だがそんな俺だからこそ分かるが、大規模魔術を使える魔術師は明らかに別格の存在だった。
いつか会話をしてみたいと思っていた憧れの存在を前に、緊張で声が震えた。
「わ、私はじめて見たよ〜! 大規模魔術が使える人なんて! まさか英雄と呼ばれる存在に出会えるなんて、私達ラッキーだね!」
シェリアが目を輝かせながら肩をバンバンと叩いてくる。
病み上がりに肩を叩かれて嫌そうな顔を向けていると、さっきまで自分が寝ていたテントからハンクが重そうな腰を上げてこちらに近づいてきた。
「起きたか、セシル。調子はいいみたいだな」
ハンクが隣に腰を下ろし、片膝をついて横目で様子を窺いながら言う。
「ハンク。ああ、もう大丈夫だよ。心配かけてすまなかったな」
「あ、ハンクおはよう〜。ねぇ! それよりハンク聞いてよ! マモンさんって───」
先程の会話をハンクに説明するシェリア。
ハンクも目が覚めたように驚き、マモンの方を向いて恭しく挨拶をする。
「……そうだったのか。只者じゃないと思っていたが、まさか英雄殿だったとは。紛争地帯で生きていけるのも納得だ」
「ハンクは英雄に会ったことあるんだっけ? いいなぁ私も英雄になりたいよ〜。あ、でもお国に縛られるのは嫌かな〜」
ケラケラと笑いながら言うシェリアにハンクが苦笑する。
横目でマモンをのぞくと、おかわりのスープを装っているところだった。
平和な朝食を迎えていると、奥のテントからゴソゴソと音を立てて、銀髪の少女が眠そうな目を擦りながらこちらへ歩いてきた。
「……ぉはようございますぅ……。……なんだか楽しそうですね……ふわぁ……」
可愛らしく欠伸を手で押さえながら、マモンのすぐ隣にペタンと座り込んだ少女は、シェリアからスープを受け取ってモグモグと食べ始める。
「ん〜! イズちゃんは可愛いなぁ。はい、朝ごはん」
「……ありがとうございますぅ……」
一連のやり取りを黙って見ていた俺は、ふと思い出したように脳裏に衝撃が走る。
イズと呼ばれた銀髪の少女の背には、片翼の翼がピコピコとはねていた。
「あーーー!!! この子だーーー!!!」
俺の絶叫が朝の森に響き渡った。
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