第六話:冒険者
指揮官であった
そのうち一体が意を決して<
「────ふむ、なんとなく理解したよ。どうやらこの世界の魔術は、私のいた世界のものと少し似ている……。まぁ、随分遅れているみたいだがね」
火球を放ったリッチが後ずさりながら、烏面の男へくぐもった声をかける。
「ナニモノダ……オマ────グワァァァ!!!」
リッチが言い切る前に、男が杖を突きつけ骨の身体を蒼炎の業火で焼き尽くす。
「魔術とは────こういうもののことを言うのだよ」
烏面の口がグニャリと歪み、杖の先端に膨大な数の術式が出現する。
魔術に長けた周囲のリッチ達は、その術式が自身の理解を超えた────神の領域にある技術で編み込まれていることを直感で理解する。
そして理解すると同時に、骨人をおとりにして脱兎の如く逃げ出そうとするが────
「<
瞬間、そこにいたリッチと骨人の全てが爆発した。
骨が辺りに爆発四散しハンク達に襲い掛かるが、まるで見えない壁があるかの如く目の前で弾かれる。
シェリアは理解を超えた光景を前にへたり込み、ハンクは目を見開いて黒ずくめの男を見つめるしかなかった。
周囲の安全を確認すると、烏面の怪しげな男はツカツカと杖をつきながらこちらへゆっくりと近づいてくる。
「挨拶が遅れて申し訳ない。私の名はマモンという。この紛争地帯で魔術の修行をしているしがない魔術師だ」
優雅な仕草で丁寧なお辞儀をしてくる仮面の男────マモンが言う。
ハンクは慌てて立ち上がり、頭を下げて礼を述べる。
「す、すまない。危ないところを助けていただいた。俺の名はハンクという。こっちがシェリアで、俺の背で寝ているのが仲間のセシルだ。シュテルブルク王国で銀級冒険者パーティを組んでいる」
ハンクがお礼を言いながら手を伸ばし、マモンという男と握手をかわす。
シェリアは腰を抜かしたままヘタリ込んでいたが、マモンが手を差し伸べ、その手を掴んでゆっくりと立ち上がり始める。
「あ……ありがとう……」
「いえいえ、レディを助けるのは紳士の務めですので」
掴んでいた手を離していなかったことに気づき、シェリアはあわてて手を離して恥ずかしそうに横を向く。
マモンは仮面ごしに微笑を浮かべながら首を縦に振り、再びハンクの方を向いて声をかけようとしたところで、森の中から脳天気な声が聞こえてくる。
「師匠ーーー! ちょ、ちょっと足が速すぎますって……! 置いていくなんてひどいですよ……!」
森の奥から銀髪の可愛らしい少女が息も絶え絶えといった様子で現れる。
白を基調とした質素なワンピースが少女の呼吸に合わせて上下に揺れている。
しばらくして呼吸を整えた少女は胸に手を当ててふぅ、と一息吐く。
そして腰に手を当てながらマモンという男をジト目で睨みつける。
「………浮気はダメですからね」
「………何を言ってるんだお前は」
呆れた様子のマモンとプンスカ怒る少女を見て、ハンクは苦笑する。
シェリアもあはは…と苦笑いを浮かべながらも自分達が無事であることに胸を撫で下ろした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
暗くなった夜の森の中で、焚き火を囲んで座っている数人の人影が見える。
焚き火には鍋がかけられており、山菜を使ったスープの香ばしい匂いが辺りに染み渡る。
堀の深い皿に鍋のスープをよそい、銀髪の少女に皿を手渡している赤髪の女性、シェリアが少女の隣で片膝をついて座る黒ずくめの男に声をかける。
「さっきはほんとに助かったよ〜! もうダメかと思った! マモンさん達が来なかったら今頃あの骨達の仲間入りをしてたところだったよ」
「ああ、実際俺達だけじゃどうにも出来ない状況だった。……お前達は命の恩人だ」
シェリアが底抜けに明るい声と笑顔を向けながら、スープをマモンに手渡す。
マモンの向かいにいるハンクも同意した様子で深く頷きながら感謝の言葉を改めて述べる。
「いえいえ。困っている人がいたら助けるのは人として当然のことですよ」
マモンは烏面のくちばしで器用にスープをすすり、手を振りながら答える。
それを聞いて隣でスープにフーフーと息を吹きかけている少女──イズが可愛らしく微笑む。
「師匠が言うと怪しさ満点ですよね」
「スープがいらないなら早くそう言いなさい」
ヒョイっとイズの手から皿を取り上げて、仮面のくちばしにスープを放り込みモグモグと咀嚼する。
「あーーー!!」と怒り声を上げながらイズが男の前に立つ。
「返してください! わたしのスープ! まだ一口も食べていないんですよ!?」
烏面のくちばしを手でグイグイとこじ開けようとする少女の姿を見て、ハンク達は苦笑しながら声をかける。
「確かに怪しい容貌だが……こんな地に足を踏み入れている時点で俺達も似たようなもんだ。ワケありだろうことは分かるが、恩人であるお前達を無闇に詮索したりするほど野暮じゃない」
悪い奴らには見えないしな……、と聞こえないほど小さな声でハンクが呟く。
シェリアは新しくスープをよそい、イズの頭を撫でながら優しく目を細める。
「ほらほらイズちゃん。新しいスープあげるから離してあげな」
シェリアの声を聞き、目を輝かせながらスープを受け取り席に戻るイズ。
隣で口元を綺麗な布で拭いている烏面の男に見て、やや呆れた表情をしながらシェリアが言う。
「マモンさんも大人気ないですよ、イズちゃんはまだ子供なんですから。あっ、スープのおかわりならいくらでもありますから言ってくださいね〜」
マモンは何か言いたげな顔をするが、ヒラヒラと手を振りながらシェリアは席に戻る。
イズがもぐもぐとリスのように頬を膨らませているのを尻目に、ハンクが再びマモンに声をかける。
「………それで、ただ親切心だけで助けてくれた訳じゃないんだろう?」
片目を開き、鋭い眼光で覗きながらハンクが言う。
「……ふむ。理解が早くて何よりだ。……私達はある場所を探していてね。────
マモンがおかわりのスープをズズっとすすりながら答える。
もぐもぐと食べるのに夢中だったイズもちらりと横目で様子をうかがう。
「何か知っていることがあれば教えていただきたい。────君達もわざわざ紛争地帯で森林浴をしに来たわけではないのだろう?」
マモンの言葉にハンクが難しい顔で沈黙する。
シェリアが真剣な表情でハンクを見つめる中、やがて意を決した様子で、ハンクは重たい口を開き始める。
「……俺達も理想郷を目指してここまで来た。そこで眠っているセシルって奴が、そこに辿り着くため手がかりを知っている」
マモンはテントの中で横になっている黒髪の青年を横目で見て、話を続けるようにうながす。
「セシルは以前、この近くで混血の魔族が何もないところから突然現れる瞬間を見たらしい。そのあとアンデッドが現れて見失ったみたいだが……その場所にかの地へと行く鍵があると、俺達は睨んでいる」
「……なるほど。彼の記憶を頼りにして、その場所を探している最中に襲われた、と」
「あははー。あそこまで強力なアンデッドが現れることなんて滅多にないんだけどね」
シェリアの言葉にハンクが頷き、真剣な表情でマモンの方を見る。
「………あんたはどう思う?」
「ふむ。まず間違いなく、意図的に襲われているだろうな。あの粗雑な骨共からは、竜に支配されている気配が感じられた」
マモンの言葉に、ハンクは驚いたように目を見開く。
「…………すげえな、そんなことまでわかるのか。……魔術師ってのは常識外な奴らばかりだな……いや、あんたが特別なだけか……」
ハンクが死んだように眠っているセシルを横目で見ながら感嘆の声をあげる。
ハンクとのやり取りを黙って聞いていたシェリアが、しびれを切らしたようにマモンに顔を近づけて声をかける。
「ねえねえ! マモンさん達も
チラリとハンクを覗き見るシェリア。
ハンクは小さくため息をつきゆっくり立ち上がると、槍を構えながら烏面の男を見下ろして言う。
「………一つだけ聞かせてくれ。あんたらは何で
大の男でも震え上がるようなドスのきいた声でハンクが問う。
マモンはそんな脅しとも取れる態度にも平然とした様子で答える。
「………私の目的は、この子を安全な場所に送ることだ。彼女は混血児なのだよ」
まぁ、本音は徹頭徹尾そこにある財宝なんだが。
混血だと知られたことで居心地が悪くなったイズが下を向く。
マモンのローブをギュッと掴み、怯えるように身体を縮める様子は、彼女のこれまでの人生を知るのに十分だった。
そんな様子をジッと見ていたハンクが、やがてフッ、と息を吐き出すと笑いながら矛を収めて言う。
「ハハ。言い難いことを言わせて済まなかったな。安心しな嬢ちゃん、俺達は混血だからといって変な目で見たりしねぇよ」
どかっと音を立てて座るハンクの目には、温かな優しさが映っていた。
横にいるシェリアも普段通りの明るい顔で笑いかけ、イズの隣にゆっくりと腰をかける。
「イズちゃん。冒険者には混血だって少ないけどいるんだよ? 中には偏見を持っている人達もいるけど……私達はそんなことで差別したりはしないよ」
さらさらの銀髪を撫でられたイズが、ほっと息を撫で下ろして肩の震えを止める。
イズはたしか………“魔族領”から来たと言っていたな。
人族領と魔族領とでは、迫害されているとはいっても多少混血へのスタンスが異なるのかもしれない。
そんなことを考えながら彼女の方を見ていると、視線に気づいたイズが照れ臭そうに小さくはにかむ。
「………師匠、世界って広いんですね」
今まで彼女がいた世界には、敵しかいなかった。
迫害され、差別され、切り捨てられて育った。
しかし、魔族領を離れ、紛争地帯に来たことではじめて人の温もりを感じた。
混血だからといって、差別されるばかりではないことを知った。
その事実は彼女にとって、大きな意味を持つだろう。
「………そうだな」
烏面の目を細め、カップのお湯を飲みながら私は答える。
ふと上を見上げると、夜を満天の星空が覆っていた。
銀色に輝く美しい満月は、まるで少女を祝福しているように思えて自然と笑みが溢れた。
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