第四話:混血の地
「いーず♪ いーず♪ いーずいずいず〜♪ いーずいずぅ〜♪」
朝日を浴びながら、スキップして隣を歩くのは銀髪の少女、イズだ。
私が名前を付けてからずっとこの調子だ。
彼女の中で蝕んでいた呪い(まじない)名は、私が命名すると同時に完全に破壊された。
あの程度の粗末な呪いなど、命名せずとも造作もなく破壊できたが……今後彼女が他の呪いに掛からないとも限らない。
私が名付けた『名』の格があれば、あらゆる呪いは効果をなさないだろう。
そこには我が権能たる『強欲』の力も込めてある。
最早神でさえ、彼女の魂を汚すことはできない。
「しーしょーと♪ いーずー♪ しーしょーはいーずがだーいすきー♪」
おい。
私がいつお前のことを大好きになった。
私が好きなのはお前の魂だけだ。
地面の中でスケルトンさんがカタカタ音を鳴らして震えている。
もう少しで出てきそうだったので、杖を地面にコツンとつき、辺りに埋まっていたスケルトンを軒並み消滅させておく。
断じて八つ当たりではない。
「あれ? 何かしましたか師匠?」
「いや、何でもない。それよりも街まであとどのくらいなんだ?」
イズが鼻歌をやめてうーんと口に手を当てながら唸り声をあげる。
しばらくして輝くような笑顔を見せて口を開く。
「迷ったのでよくわかりません!」
「ちょっとそこになおれ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
イズが目指している街は、行き場を失った混血達が最後に目指す理想郷とのことだ。
混血の神竜が守護し、争いが絶えない紛争地帯で唯一存在する安全地帯らしい。
この地が
吟遊詩人が唄うおとぎ話によく出てくる理想郷。
その地では故郷を追われたすべての混血が安息の暮らしを約束される。
人族、魔族、獣族………どの種族の混血でもそこでは等しく民として平等に受け入れられるのだ。
かの地へと行く方法は諸説あるみたいだが、混血の中で古くから伝えられる話では、堕天使に導かれて行くものが有名なようだ。
彼女も以前出会った混血の魔族からその話を聞いたらしい。
その魔族は既に、私が殺したあの大ヤギの悪魔に殺されたと、少し寂しそうな顔をしながら答えてくれた。
もう少し助けるのが早ければ、詳しい話を聞けたかもしれないが……仕方ない。
最初に出会った際に私の翼を見て、堕天使だと勘違いしたのはそれが原因のようだ。
しかし……
神竜の住う神殿で、守護者たる堕天使に導かれて辿り着く混血の理想郷────。
まさに物語の中の世界だ。
真実かどうかは定かではないが、興味はある。
「その神竜様が住う神殿というのが、どこかにあるみたいなのですが………」
おずおずといった様子で私を見上げるイズ。
さっきまでと打って変わってしおらしくなっている。
叩かれたお尻をさすりながら、チラチラとこちらを見てくる。
そんな強く叩いたつもりはないのだが……。
私の視線に気づいてか、彼女は嬉しそうな声をあげて手を振る。
「いえ、鞭で叩かれたこともあるのでこのくらい平気です。むしろ師匠にならもう少しして欲しいくらいです」
さらっとかなりベビーなことを告白された。
しかもこいつ私にお尻を叩かれた余韻を楽しんでいただけだった。
ダメだこいつ色々手遅れだ。
最早何を言っても無駄な気がしたため、話を続けるよう顎を突きつけて続きを促す。
「えっと、それでですね。その神竜様がおわす場所は、混血には何となく分かるんです。ある日夢に神竜様が出てきて、その日を境に神竜様の気配を感じるようになるんです」
神竜様も同じ混血だからですかね、と少し嬉しそうな顔をしながら歩くイズ。
居場所を人族や魔族に知られないように警戒しているのだろう。
恐らく、こちらの動向はある程度把握しているはずだ。
「その気配が感じられなくなったんです。今までは一日に数度ほど、教えてくれるような感じで気配に気づくことができたのですが………今日は全く感じることができません」
なるほど。
その竜は定期的に自分の位置を教えることで誘導していたようだ。
竜にしては、かなり慎重な性格をしている。
「………イズ、その神竜に君の
「えっと、はい。教えました」
恐らく、その竜はイズが持っていた
上書きの痕跡が見えなかったのは、私がいた元の世界の術式とは異なる術式だったから見逃したのだろうか。
────あるいは、この世界特有の法則を用いた“何か”を使ったか。
「恐らく、イズが気配を感じなくなったのは私が現れたからだろう。君へのマーキングを破壊してしまったからな」
まぁ破壊しなかったとしても、私のような者が近くにいる状態で呼んでくれるとは思えないが。
「ということは師匠のせいじゃないですか! お尻を出して下さい! わたしも叩きます!」
自分で言うのもなんだが、恐れ知らずだなこいつは。
いや……私が危害を加えるとは微塵も思っていないのだろう。
実際そのつもりはないが、仮にも悪魔の王だよ?私。
万が一弟子だとしても、敬意というものが足りないんじゃないか?
「……そんな些事はさておき。他にあてはあるのか?」
「人間の街や魔族の街なら、紛争地帯を抜ければありますけど………」
嫌々といった様子で、後ろに手を組みながらイズが答える。
人間や魔族の街にも興味はあるが、やはり
竜は宝に目がないからな。
混血の神竜などという珍しい存在なら、どんな財宝を持っているのか楽しみだ。
うむ、コレクター魂がウズウズしてくる。
「やはり
私は虚空に手をかざし、『宝物庫』から瑠璃色に輝くペンデュラムを取り出す。
中心には、素人目に見てもとんでもないほどの価値があると分かる巨大な結晶の宝石がはめ込まれている。
その宝石の中では、まるでそこに小さな銀河が存在するかのように渦が巻いており、あまりの美しさに見る者を魅了させる。
「うわぁ……綺麗………。なんですか、それ!」
イズが目をキラキラさせながらペンデュラムを覗いてくる。
そこだけ見れば、宝石に目を輝かせる年相応の可愛らしい女の子だ。
さきほどの変人っぷりは見る影もないのだが、その目にはやんごとなき期待がこもっている。
私はその期待を無視してウキウキと説明を始める。
「よく聞いてくれたとも。これは《
そのまま小一時間ほど説明が続いた。
イズは聞いたことを後悔した。
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