第二話:銀髪の少女

 ベルリッド大陸。

 横に広げた瓢箪のようなこの大陸は、世界最大の広さを誇る大陸である。

 瓢箪のくびれを中心として、西が人族領、東が魔族領と分断されており、有史以来、人族と魔族で日夜勢力争いが行われている戦国の地でもある。


 そのまさに中心部。

 紛争地帯と呼ばれている地に位置している一角が、ここアラスター大森林だ。


 人族と魔族の争いが激化するこの紛争地帯は皮肉を込めて“理想郷ディストピア”と呼ばれ、どこの国の領土としても当たらない。

 厳密には違うのだが、奪い奪われを繰り返しているこの地は無法地帯なのである。


 そんなところに住んでいるのは、基本的には両種族陣営から追い出された爪弾き者達しかいない。


 忌み嫌われる理由として、その際たるものが混血だ。

 混血とは人族・魔族・竜族・蟲人族・獣人族などが他の異なる種族と交わることで生まれる存在で、種族間の帰属意識が強いこの世界では爪弾き者とされる。

 特に魔族と人族の混血など、両陣営で争いが絶えないこの大陸では忌むべき存在となるようだ。


 そのような混血達が住処を追い出され、行き着く先がこの“理想郷ディストピア”なのである。


 私が助けたこの少女も混血児とのことだ。

 混血は人権という文字が霞むような酷い扱いらしく、先程襲われていたのも“狩り”と称した魔族の遊びらしい。


 まるで悪魔がするような遊びだ。

あぁ、あいつは悪魔だったか。



「あの……先程は助けていただきありがとうございます……。それで……あなた様は悪魔なのですか? ……堕天使様ではないのですか?」



 ひとしきり私の質問に答えてくれた後に、彼女は改まって礼を言う。

 そして、恐る恐るといった様子で烏面の私の顔を上目遣いに覗いてくる。



「堕天使と呼ばれるのは性格の悪い友人を思い出すので止めて欲しいところだね。先ほども言ったように、私は正真正銘の悪魔だよ」



 堕天使と呼ばれるのだけは勘弁願いたい。

 そのうちルー君が文句を言いに現れそうで嫌だ。



「まぁ、悪魔といってもそこに転がっているデクと一緒にされても困るけどね。ソレとは比較にならない程の大悪魔さ」



 私は頭部と四肢を失った悪魔の死体を後ろ指で差しながら微笑する。

 それに合わせて、烏面がまるで生きているかのように口元を歪ませる。


 そんな私の紳士的な微笑みを見て、銀髪の少女は肩をビクッと震えさせながら、その小さな口を懸命に開きか細い声をあげる。



「……わたしを、殺さないんですか?」


「ん? 私が君を……? なぜかな? 君は私の知りたかったことを教えてくれた。恩を感じることはあれど、恨むようなことはないよ」



 そんな礼儀知らずな訳がないじゃないか。

 私はルー君じゃないんだぞ?



「だ、だって……わたしは……っ」


「混血だからかな? それとも、半悪魔ハーフデーモンだからかな? 珍しいとは思うが、それだけだとも。私は混血としての君ではなく、“今そこにいる君”にしか興味はない」


「────っ!」



 少女が大きく目を開いてこちらを見つめてくる。

 そこには驚きと戸惑い、そして染み込むような歓喜の情が覗ける。


 少女は俯いたまま暫く黙っていた。

 そこには様々な感情が見える。

 小さな声で「気付いて…」と聞こえた。


 そりゃ私も悪魔だからね。

 特に同族の気配は間違えるはずもない。

 それに私は人の機微に敏感だ。

 彼女の反応を見れば、たとえ同族でなくとも分かっただろう。



「……なんで」



 少女は独り言のようにポツリと呟く。

 だがそれは間違いなく私に向けた言葉だ。



「なんで、か。一つだけ確かなのは、私は君のことが嫌いじゃない。……私は、たとえその者がどんな罪を背負っていたとしても、その人しか見ない」



 どんな存在でも、魂の色が存在する。

 魂の色とは、自身の在り方そのものだ。

 絶対に偽ることができない在り方としての色。


 それは犯罪や殺人を犯した程度で濁るようなチャチなものではない。

 自身の在り方を否定したときに、濁る。

 その在り方とは人それぞれで、移り変わることもままあるが、生まれた時から同じ在り方である者の魂は呆れるほど純粋な色をしている。


 彼女の色は、純粋だった。

 その突き通った在り方は、恐ろしいほど欲が深い。

 少し、ブブ君を思い出すな。



「……わたしを、弟子にして下さい!」


「……え?」



 彼女の背中からは、先程までなかったはずの悪魔の片翼がピコピコと犬の尻尾のように振っていた。


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