第53話 テッド(2)

 優子は、プアールが指差す先を睨んだ。

 細い細い路地先は夜のせいか、真っ暗でよく見えない。


「何があるのよ……」


 しかし、見えない。

 老眼かな……


 真横一文字に目を凝らす優子。

 その顔……ブサイクだぞ! マジで!


 しかし、何度見ても、やはり真っ暗。


「何も見えないんですけど」

 優子はプアールをにらんだ。


 カタカタと震えるプアールの指先が徐々にと上をさしていく。

 あきれた優子の目はその指先を追いかけた。


 どこまで行っても黒い闇。

 角度的には夜空の星が見えてもいいころなのに、いまだに真っ暗。


 更に天をさすプアールの指先。

 それをさらに追いかける優子の瞳。


 その瞬間、優子もまた、カタカタと震えだした。


「ははっはは……あれ、なに?」


 優子の瞳は異様なものを見てとらえた。

 周りの2階建ての建物の屋根よりも上に大きな赤い●が二つ浮いていた。


 その赤丸はどうやら熊の顔についているようである。

 そう、赤い丸は熊の目であった。


 見上げるほどに大きな熊が、優子たちを見下ろしていた。


 この熊の影のせいで、先ほどから通りの先が見えなかったのである。

 だって、この熊、マレーグマのように真っ黒だもん。


 だが、この熊、少しおかしい?

 大きさか? いや、確かに大きいと言えば大きいのだけど……


 どうも、クマらしからぬその様子。

 この熊、クマは熊でもぬいぐるみの熊のようである。

 モフモフの体にクリッとした目玉。


 可愛い……

 一瞬、心が動く優子


「あんなに大きなぬいぐるみ買ったらいくらぐらいするのかな……」

「アホですか! あんな二階建ての家よりも大きなぬいぐるみなんて、一体どこに置くんですか!」

 プアールが叫んだ。

 いや、今はそんなことを問題にしている場合ではない。


 その瞬間、クマのぬいぐるみの手が優子たちをめがけて振り落とされた。

 早い!

 そのよそおいとは裏腹に、ものすごい勢いである。

 熊の平べったい手の先から、圧縮された空気が赤く染まる。

 この熊、燃えるぞ!

 イヤイヤ大丈夫、このクマ一応難燃性だからって、そんなことを言ってる場合じゃなかった。


 咄嗟に身をかわす優子とプアール。

 路地の石畳の上にダイブした。

 もう、ピョーンていう感じに飛んだのだ。

 だが、そのかいあって、クマのぬいぐるみの手は、優子の足裏をかすめただけだった。


 しかし……


 死体を食うためにその身ぐるみをはがしていたヤドンは気づかなかった。

 ドーン

 大きな地響きと共に、地面に大きな柱が打ちたった。

 クマのぬいぐるみの腕がヤドンの上に落ちたのだった。

 熊の全体重を乗せた一撃!

 前傾した熊の背中から、ランドセルのカバーがビローンと垂れた。

 え! ランドセル?

 この熊、一体、何年生?


「ヤドン!」

 優子は叫んだ。


「優子さん、もしかしてあれがテッドなのかもしれませんよ!」

「テッドだろうが新井さんだろうがどっちでもいいわよ。ヤドンが潰されたのよ!」


「えっ! それは仕方ないですね。私は優子さんさえ、死ななければそれでいいですし……」

「あんた、その考えでいい分け!」


「何が悪いんですか! あのドラゴンもどきが生き残っても私には何のメリットもないんですよ! 優子さんが、このイベントをクリアーしてこそ、私に賞金が入るんですから!」


「分かったわよ! なら、プアール! あのクマのぬいぐるみをやあァァァァぁっておしまい!」

「……なんで?」


「はぁ? あんた女神でしょ! こういう時に働かないでいつ働くのよ!」

「優子さん……女神だからって何でもできるって思ってもらったら困りますよ」


「ちょっと……もしかして、あのクマのぬいぐるみやっつけることできないの!」

「できるわけないじゃないですか!」


「はぁ! じゃあどうするのよ!」

「えっ! ……優子さんお願いします」


「私、レベル1よ。しかも、武器持ってないし。しかも、スクールバックは使えないし。megazonネットはもう、つながらないし! どうするのよ!」


 ……


 言葉を失う二人。


「逃げましょう!」


 プアールは全速力で逃げた。アイちゃんを頭につけたまま逃げおった。


「ちょっと待ちなさいよ!」

 優子もプアールを追いかけた。


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