06.書斎の調査 その2

 2人の話が一段落したところで、僕は言った。


「話を戻そう。梶原がさっきの応接間にいる間、教授はここで何かをやっていたって話だったよね。それで?」


 梶原は困ったような表情をした。


「それが、あとはそれっきりなんだ。日が暮れだしたんで、そろそろ帰った方がいいと思い、俺は教授を呼びに行った。しかし、ノックをしても返事がない。それで、ドアのノブをひねってみた。カギはかかっておらず、開けてみたら、誰もいなかったんだよ」


 本をめくりながら、長家が言った。


「基本的なことを2つ聞かせて。まず、教授は本当に書斎に行ったのか。そして、梶原君が知らない間に、ホールから外に出た可能性はないのか」


「教授が書斎に行ったかどうかは、厳密に言うと分からない。俺は二階に行かなかったからね。ただ、朝に館に来たとき、ホールで教授が二階に上がったところは見ている。それを見送ってから応接間に入ったんだ。ただ、二階にはこの書斎以外、見るべきものはないから、書斎に行った可能性が高いとは思うよ。後で他の部屋を見てごらんよ。空っぽで何もないから。


 で、次に、俺が知らない間にホールから外に出た可能性だが、これも、全くないとは言わないけど、まずないと思う。

 というのは、さっき君らも階段を上ったときに気付いたと思うけど、あの階段は使うと結構派手に音を立てるんだ。応接間からでもそれははっきり聞こえる。そして、二階から一階に降りる術は、あの階段を使う以外にない。

 まあ、カーテンを縄はしご代わりにして窓から脱出するとか、そういうことは可能かもしれないけど、そうした痕跡は見つからなかった。


 あと、応接間にはでっかい窓があっただろ? あの窓から、山を下りる道が丸見えなんだよね。

 俺は窓の方を向いて仕事をしてたんだけど、となると、仮に教授がひっそりと階段を下りてホールから外に出て、さっきの山道に行こうとしたら、歩く人影が視界に入ったはずなんだ。これも絶対的な証拠とは言えないけどね」


「じゃあ僕からも質問しよう。仮に教授がこっそり外へ出たとして、徒歩でどこかに行くとしたら、考えられるアテはあるの?」


「この山には他に何もないから、行くとすれば、さっき通ってきた道を戻って、人里まで行くしかないだろうと思う。教授は運転免許を持ってないし、その日乗ってきた車はそのままあったから、車でどこかに行った可能性はない。さっきの道を徒歩でとなると、無理じゃないけどすんごい大変だろうね。

 だいたい、そんなことをする理由がないと思う。町に戻りたいなら俺に言えば済むことだろ? なんで大変な思いをしてまで徒歩でこっそり帰るのさ」


 僕はいつの間にか腕組みをしていた。梶原の言ったことを頭の中で整理して、それで、もう一つ質問が浮かぶ。


「じゃあ、警察はどう考えてるの?」


「警察は、この館についてはさほど調べていない。争った形跡や血痕などの、ここで事件があったことを示すものがないかは調べていたけど、何も出なかったらしい。

 あと、この山の中もボランティアと共に数日間捜索していたけど、同じく何も見つからなかった。もちろん、さっき通った道には教授を含む複数の足跡があったけど、特に不審な点はなかったらしい。要するに死体を引きずった跡とか、そういうのはなかったってこと。


 あとは、教授の家族や交友関係とかを当たって、トラブルに巻き込まれていなかったかを調べたり、教授の行きそうな場所を中心に、教授を見かけなかったか聞き込みをしている。

 それはそれで現実的なやり方だろうから、文句はない。ただ、俺はどうも、この館そのものに答えが隠されていると感じるんだ」


 不意にそこで、会話が途切れた。長家が無意味に本のページをめくる音だけが、室内に規則的に響く。

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