第26話 私は悪役令嬢にはなりません

「お前が婚約破棄されたというのは本当なのか?」

 夜になって、私はお父様の書斎によびだされた。

 お母様もいて、お父様の隣に座っていた。

 私は、2人の正面に座っている。心做しかお母様の顔色が悪い。まぁ、娘が婚約破棄されたとあってはそうなるだろうけど、私は至って平気だ。起きたフラグを利用して、本来起きないイベントを強引に引っ張ってやったのだから。

 あのプチ断罪イベントが起きたのだって、主人公が裏で手を引いていのだろう。主人公のなかの先輩は、婚約破棄がこんな早い段階で起きると予想していただろうか?私はゲームを1周しかしていないけれど、主人公は何周しているのか?どこまでネットで調べていたのか?あちらの手の内が全く分からないからこそ、私は強引に婚約破棄に持っていったのだ。

 ハッキリいって、王子は枷にしかならない。王族の婚約者に課せられるアレは、迷惑だ。せっかく乙女ゲームの世界に来て、公爵令嬢という立場なのに、不自由極まりない。命短し恋せよ乙女、だ!私だって、十分に美しいのだ。儚げな美少女なのだ。主人公に劣るとは決して思わない。

「はい、間違いありません」

 私はハッキリと答えた。その途端、お母様がお父様の腕にしがみつくのが見えた。うん、まぁ、そうだよね。信じられないよね。

「なぜ、そうなった?」

 お父様は、若干の苛立ちをら含んだ声で聞いてきた。

 私は、深いため息をついてから、話し始めた。

「王子が心変わりされたのです」

 そうして、私はまた深いため息をつく。目を閉じて、沈黙の間を作る。

「噂には聞いていだか、本当なのか?」

 お父様だって、王宮に務める役職ですものね。主人公の噂は耳にしていたわけだ、やっぱり。

「私が、家庭教師をつけて欲しいと言いましたでしょう? それは、その娘に対抗するために必要だったのです」

 私は、ゆっくりと話し始めた。そう、ゆっくりと。芝居がかってはいけない。真実味を持たせないと。

 お母様がお父様の顔を見ている。お母様だって、貴族のご夫人が集まるお茶会で噂話としては聞いていたのだろう。

「平民の女子生徒が、成績優秀者に名を連ねているのです。しかも、私と同じ1年生なのです」

 私がそう言うと、お父様は小さな声で「やはりそうか」と呟いた。自分が、聞いていた噂と間違いない。そう、確信したのだろう。私は胸の当たりがチクリと傷んだ。これは、アンネローゼの気持ちなんだろうか?

「私が社交界にデビューしたのに、全く参加出来ていないのは、お父様もご存知でしょう?」

「そうだな」

 お父様は、ちょっとだけ目をつぶった。呼び出されただけのパーティを数えたのだろうか?

「私、学校でもお友だちが作れませんでしたのよ?」

「聞いていました。お茶会の席でそんな噂が流れていましたから」

 お母様が言う。女性だけしか集まらないお茶会で、王子が学校の規則を破っているらしい。という噂が流れていたようだ。もちろん、お茶会が開かれる時間は学校の時間なので、学校に通う本人たちからは直接は聞けない。

「私、おかげでずっと1人でしたのよ。上級生からも優しくしていただけなくて、サロンには入れないし、ランチも1人で居場所がありませんでした」

 私はここまで話して、出された紅茶を一口飲んだ。

「私をそうやって孤立させておきながら、王子は私が上級生を使って、その平民の女子生徒に意地悪をした。って言いますのよ」

 私は語気を強めた。思い出すだけでムカついてくる。全くお話にならないあの言い回し。ゲーム補正なのかなんなのか知らないけれど、事実無根なことを、よくもまぁ真実だとして語れたものだよ。

「アラン王子がそんなことを?」

 お母様は信じられない。という顔をしている。王族の婚約者にされる例のアレは、貴族社会の中では一般常識で、普通の母親なら自分の娘が王族の婚約者になることは嬉しい反面、苦痛にしかならない。

「私を悪人に仕立てあげて、大勢の前で断罪して私を貶めて、私が王子の婚約者として相応しくないと知らしめたかったのでしょうね」

 私は、多少語気を強めた。怒っているのだと、お父様に伝えるために。

「そこまでして、王子はお前を遠ざけたいと?」

 お父様は、王子のしたあまりにも子供じみた行動に眉をひそめた。そう、普通に考えたら平民の女子生徒に好意を抱いたのなら、婚約者である私に伝えて堂々と付き合えばいいのだ。もちろん、将来は側室にしかなれないことを承諾の上で。

 婚姻前から側室候補がいるなんて醜聞がよろしくはないけれど、成績優秀者になれるほどの才媛ならば優秀な子どもをなせるだろうから、許されるかもしれない。そう、私(公爵家)が許せば、の話。

「私が、王子に相応しい女性になりたいと努力したのもお気に召さなかったのでしょうね」

 家庭教師が、来た日、王子は私のところに駆けつけたけれど、家庭教師が女性だったので諦めたのだと思う。これが男性だったら、それを理由に私を遠ざけられただろう。

「しかし、平民の生徒であっては国王陛下が許しはしないだろう」

 お父様の言葉は、半分独り言のようにも聞こえた。

「あら、王子の、性格から言って、側室の方が都合がよろしいかと思っているのではありませんか?」

 私が問いかけると、お父様は驚いたような顔をして、そうしてすぐに納得した。そう、側室は公式行事に参加出来ない。大切に大切に、王宮の王族の住まいの一番奥に住まわされる。隔離された名前のない宮に閉じ込められるように。それこそ、籠の鳥と言われるのが1番ふさわしいのが側室。

「学校では、1年生から成績優秀者。見た目も美しい方ですもの……王子の気持ちを十分に満たしてくださる方ですわよ」

 私がそう言うと、お父様は納得したらしい。だからこそ婚約破棄は好都合なのだ、と。

「明日からミュゼット様は色々言われるでしょね。だからこそ、王子の、庇護欲が刺激されて満足されるでしょう?それこそ、平民の方ですもの、社交界には出られませんから貴族の皆様は見ることが叶いませんのよ?お父様」

 まさに、自分の身代わりにうってつけの人物が現れてくれたのだ。と、お父様に説き伏せる。お母様は、娘が王族の婚約者という呪縛から放たれたことを理解出来たらしく少しかおが綻んでいる。私も心做しか、胸の辺りが晴れやかな気分だ。

「ミュゼット様が学校を、卒業するまでは王子も改めて婚約者を設けようとはしないでしょう。自分の欲を満たせる人物を手に入れたのですもの」

「周りも下手に刺激はしないだろうが、卒業する頃にお前が婚約者候補になるかもしれないぞ?」

「それは、構いませんわ。その時はたっぷりと結納の品を巻き上げるまでです」

 私は語気を強めて言ってやった。今度はタダでは婚約してやらない。それなりの誠意を見せてもらわないと。

「王族の婚約者に選ばれることは名誉ですのよ?」

 お母様が心配そうに私を見ている。

「あら?私は王子の心変わりのせいで婚約破棄されましたのよ?政治的な理由で私を欲するのなら、それなりの見返りが必要ではありませんか?お父様」

 私が口元に笑みを浮かべて言えば、お父様は苦笑しながら、

「公爵家は他にいるが、王子に、見合う娘はお前しかいないからな。侯爵、伯爵に年齢だけならいるだろうが、政治的に、となると、難しいだろう」

 お父様は納得していた。

 私は破滅エンドを回避したのである。断罪イベントを有耶無耶にして、私の口から王子の心変わりを告げ婚約破棄を宣言する。王子に否定も肯定も言わせない1人芝居の様にまくし立てた。これも、2.5次元が好きなおかげなのだろうか?そう、あの舞台の推しのように、私も1人芝居を、やってのけたのだ。主人公があの場に居なくて本当に良かった。

「それまで私は自由ですし、 その間に私がどれほどものか見せつけてやりますわ!」

 悪役令嬢さながらに腰に手を当てて高笑いをしたかったけれど、やったことがないので普通に微笑むしか出来なかったけれど、それでもお母様はちょっと驚いていた。

「家庭教師はやめないでくださいね、お父様。私は3年間成績優秀者を、目指しますから」

 冷めた紅茶を一気に飲み干して、私はソファから立ち上がった。

「明日も学校がありますので、お先に失礼いたします」

 私はお父様の書斎を後にした。

 廊下にはリリスが控えていた。すぐに私の後ろについて歩き出す。リリスは、学校でも出来事を他の令嬢のメイドたちからすでに聞いていたらしい。


「よろしかったんですか?」

 部屋に入るなりリリスがいった。

「なんで?」

「婚約破棄ですよ?アンネローゼ様の価値が下がるのではありませんか?」

「そうね理由が王子の心変わり、しかも、相手は平民の女子生徒、かなり下がるでしょうね」

 私は笑いながら言った。公爵家の令嬢が、平民の女子生徒に負けたのだ。これは、評判はガタ落ちだろう。だけど私は構わない。破滅エンドを回避さえできればいいのだ。アンネローゼが言うには、教会に出家したところでお金さえつめば贅沢な暮らしができるそうだけど、都落ちして田舎の教会で贅沢しても楽しくない。この若さ溢れるJK時代を田舎の教会で?無理無理無。

 それに、私は気づいてしまったのだ。アンネローゼが言っていた、そのうち元に戻れる。ということ。そう、私はこの乙女ゲームを、1周しかしていないけれど、エンディングには『2人は幸せに、暮らしました』と、ナレーションがはいるのだ。そう、『幸せに』とはいうけれど、『永遠に』とは言ってくれない。

 そう、主人公の幸せは永遠には続かない。悪役令嬢アンネローゼは、帰ってくるからだ。

 もしかすると、主人公も気がついていたのかもしれない。このトラップに。だから断罪イベントを早めた?だとすると、主人公との本当の勝負はこれからと言うことになる。

「私は負けない」

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